平成20年航空幕僚長年頭の辞 | 田母神俊雄オフィシャルブログ「志は高く、熱く燃える」Powered by Ameba

平成20年航空幕僚長年頭の辞

最近、自衛隊にいたときの仲間たちと夕食を共にする機会があった。その席で彼らが、私が平成20年の年頭の辞で航空自衛隊の全隊員に向けて語った言葉が、極めて任務遂行意欲を高揚させられるものであったと言っていた。年頭の辞は多くの場合、スタッフが原案を準備してくれるが、私は正月の休みの間に、自ら年頭の辞を作成することにした。当時、「来年はもう空幕長でないかもしれない」「最後の年頭の辞になるかもしれない」という思いがあり、私の熱い思いを航空自衛隊に向けて発信しようと考えた。そして、私はこの年の10月に更迭された。


私は、航空自衛隊に30数年在職し、この組織が如何に素晴らしい組織であるか体感している。自分の権利ばかりが声高に主張される風潮の中にあっても、自分のことよりは国家国民のことを優先して考えるという意識が、これほどまでに浸透している組織は、ないのではないかと思っていた。しかし、自衛隊は政争の道具として政治に翻弄され、反日的マスコミにも叩かれる。このような中で、隊員たちの任務遂行意欲が低下することがあってはいけない。航空自衛隊の士気を高揚させておくことは、航空幕僚長の責任である。航空幕僚長は、法律上は防衛大臣のスタッフであるが、隊員たちの意識の上では航空自衛隊の総司令官なのである。航空幕僚長が何を考えているかは隊員の士気に直結しているといってよい。


これまでも何度かこの年頭の辞についてはお褒めの言葉を頂くことが事があり、今回もブログで公表してはどうかという提案もあったので、少し長くなるが、平成20年の私の年頭の辞を紹介したいと思う。





平成20年航空幕僚長年頭の辞

北海道から沖縄までの日本全土において、そしてクウェート、ゴラン高原など世界の各国で任務及び訓練に精励している隊員諸君、明けましておめでとう。諸君はそれぞれに厳しい環境と対峙しながら、強い責任感と航空自衛隊の隊員としての誇りを持って任務遂行に精励している事と思います。

さて近年航空自衛隊を取り巻く政治環境は迅速、急激に変化しています。10年前を振り返ってみると、当時、10年後の今日自衛隊がインド洋やイラクに派遣される事になるとは殆どの隊員が夢にも思っていなかったのであります。恐らく多くの日本国民も同じ思いであったかと思います。しかし今現実に、自衛隊は諸外国の軍と共にインド洋やイラクにおいて行動する時代になりました。私たちの予測を遥かに上回る速度で政治状況が変化したのであります。

しかし自衛隊はこの予想していなかった事態にも見事に対応する事が出来たと思っています。それはこれまでに諸先輩が作り上げてきた訓練や隊務運営が正しかった証左であるし、またわれわれ隊員一人一人が生命の危険をも顧みず如何なる任務にも対応するという心構えを持っていたからであります。私は昨年の12月中東を訪問しイラク復興支援派遣輸送航空隊等を視察しました。現地において過酷な勤務環境の中でも任務遂行に情熱を燃やしている隊員たちの輝く目と活気に満ちた行動を見て、このような隊員がいてくれる事を誇りに思いました。また現地においてクウェート空軍司令官やアメリカ、オーストラリア、韓国などの現地指揮官と懇談する機会がありましたが、彼らは一様に航空自衛隊の輸送任務を高く評価すると共にそのプロフェッショナリズムを賞賛しておりました。話を聞きながら私はこれは単なる外交辞令ではないと確信致しました。

私は自衛隊というのは本当に素晴らしい組織であると思っています。それは我が国が世界に誇る武士道の精神を見事に継承した組織であるからです。武士道の基本の精神は自分のためではなく、誰かのために、国家や国民のために頑張るということではないかと私は理解しています。それは人間の美しい心の発露であり、賞賛されるべき気高い感情であります。新渡辺稲造博士により1900年に英語で「武士道」(BUSHIDOU:The Soul of Japan)という本が著され世界において我が国が尊敬される元となったものであります。
戦後教育のせいで我が国においては個人の権利ばかりが声高に主張される風潮がありますが、自衛隊こそは、この日本古来の武士道の精神を見事に継承した素晴らしい組織であると思います。自衛隊においても残念ながら犯罪を犯す隊員がゼロにはなりませんが、一般社会の犯罪発生率に比較すれば、航空自衛隊隊員の1千人当たりの犯罪発生率は、ここ数年の統計によれば、1/10から1/15であります。これは自衛隊における教育訓練が正しい証であり、結果として自衛隊はモラルの高い人達の集団になっているわけであります。
諸君はこの素晴らしい組織の一員であるとの自信と誇りを持って、各級指揮官を中心に、隊務運営に、練成訓練に、任務遂行に邁進して欲しいと思います。

さて昨年は防衛省、自衛隊を揺るがす事件がいくつか発生しました。それも幹部自衛官や内局の高級幹部によるものが多く、最前線で頑張っている隊員諸君から見れば一体どうなっているのかと怒りの気持ちが湧いてくるのも当然のことでありましょう。防衛省は、防衛庁から防衛省になって我が国の安全保障を総合的に考える新たな政策官庁としてスタートするはずでした。しかし各種の事故処理に追われ、いま急ぐ必要がある南西海域における海洋権益確保の問題などについても十分な検討をする時間がありませんでした。国民の防衛省、自衛隊に対する信頼感も大きく損なう事になってしまいました。国を守るためには自衛隊に対する国民の信頼は不可欠です。今年は損なわれた信頼感を修復するために、防衛省、自衛隊は一丸となって努力をする必要があります。幸い航空自衛隊においては社会的に糾弾されるような事件は殆ど生起しませんでしたが、これを他人事ではなく自らの事として捕え、年の始めにあたり全隊員がもう一度気を引き締めることが大切だと思います。本年こそ政策官庁「防衛省」としての再スタートの年であります。現在、官邸及び防衛省において防衛省の中央組織、内局、各幕僚監部の抜本的改革の検討が始まっております。

もちろん我々は委縮する必要はありません。各種の事故等が続くと自衛隊に対して気持ちを萎縮させるような外圧が加わります。その中にはこれを機会に自衛隊を貶めてやろうという意志が働いているものが含まれていることがあります。それらは時に不必要なほど、あるいは法外なほどに加えられることもあります。しかしそのために隊員が精神的に委縮していては精強な自衛隊を造ることは出来ません。国を守る事は出来ません。各級指揮官は隊員の伸び伸びとした精神状態を保つためにこの種の外圧と戦うことが必要な場合があると思います。そのような場合、航空幕僚長は諸君の先頭に立って戦う覚悟です。私は隊員諸君が困っているときに皆さんから信頼され、頼りにされる強いリーダーになりたいと思っています。組織においてはトップが前に出れば皆んなが前に出る事ができるし、トップが後退すれば全員が後退せざるを得ないと思います。私はこの素晴らしい組織と隊員諸君を守るために全力を傾注したいと思います。それがひいては我が国を守ることになると確信している次第です。

自衛隊は他の官公庁と本質的に違っています。他の官公庁においては中央において決めたことが確実に実行されるよう地方組織はこれを監視、監督することに重点があると思います。しかし防衛省、自衛隊においては前線の部隊等が行動する事によって任務が達成されるため、内局や各幕僚監部は前線の部隊等が行動しやすいように前線部隊等を支援する事が主要な任務になります。私は部隊等のために空幕が苦労する事は当然であると思っています。しかし内局や空幕の仕事のまずさにより部隊等が苦労する事はあってはならない事だと思います。中央に勤務する者が肝に銘じておくべき事項であります。

さて各級指揮官や隊員諸君が国家のため、国民のためと思って行動したとしても結果が思わしくないときや失敗する場合もあるでしょう。そのような場合空幕は喜んでその尻拭いをしたいと思います。失敗や摩擦を恐れていては前進する事は不可能です。事前に報告を受けていようが受けていまいが部隊等が実施した事の最終責任は空幕にあると考えております。空幕が責任を取ります。決して空幕が悌子をはずすことはないことを、ここで皆さんに誓いたいと思います。空幕に勤務する隊員諸君はこのことを肝に銘じ、部隊等が伸び伸びと行動できるよう各種施策を講じてもらいたいと思います。特に権限の委任が重要であります。部隊等の実線的体質を造るためには、下に任せる事が出来るものは努めて下に任せる事が大切です。細かい事を―々お伺いを立てなければ動けないようでは、部隊等が緊急時に任務を遂行する事は困難です。自衛隊がいわゆるお役所になってはいけません。各級指揮官や部隊等は、もちろん法令の範囲内ではありますが、空幕を信じて、どうか思う存分行動してもらいたいと思います。自衛隊こそは我が国を守る最後の砦であります。どうか隊員諸君、今年もまた志を高く持って熱く燃えようではありませんか。航空自衛隊は燃える人々の集団である事が必要であると思います。
最後になりましたが、隊員諸君及びご家族の皆様にとって本年が素晴らしい年になりますよう祈念して、年頭の辞と致します。


平成20年1月4日

航空幕僚長 空将 田母神俊雄