中澤連隊長発言への過剰反応 | 田母神俊雄オフィシャルブログ「志は高く、熱く燃える」Powered by Ameba

中澤連隊長発言への過剰反応

それにしても、北沢防衛大臣は一体何を考えているのか。


日米共同訓練の挨拶で「同盟は、信じてくれという言葉だけで維持できるものではない」と言った陸上自衛隊の中澤連隊長を更迭処分にしたということであるが、ごく当たり前のことを言って更迭されたのでは、自衛隊の士気は低下するばかりである。鳩山総理が、オバマ大統領に言った「私を信じて」と言う言葉を揶揄しているという理由だとか。連隊長は、総理の言葉を揶揄するつもりはなかったといっているが、それにしてもこの程度のことで北沢大臣はあまりにも過敏に反応しすぎているのではないか。この人は、自分が自衛隊の指揮官であるという自覚がないようだ。


指揮官は、わが国を守るために一生懸命頑張ろうとしている部下を処分するようなことをしてはいけない。中澤連隊長はサボっていたわけではない。指揮官は、頑張っている部下を守るべきであり、部下を守るために自分が傷ついても止むを得ないという覚悟が必要である。しかし、北沢大臣にはその覚悟がない。


今回の処置を見ていると、北沢大臣は自分のことしか考えていないということがよく分かる。国家国民のこと、自衛隊のことなどはまったく眼中にないように見える。中澤連隊長は、国を思うほとばしる情熱から、冒頭の言葉を吐露したのである。普通の日本国民であれば、彼の真摯な情熱を理解できる。日米同盟関係は、現場の米軍と自衛隊の信頼関係がなければ成り立たないのだ。連隊長の発言は、これまでの鳩山総理の日米同盟を壊すような発言を補完し、同盟強化に貢献したと解釈すべきである。しかし、制服自衛官は何をやるかわからない危険な人間だと考える北沢大臣のような人には、中澤連隊長の国を思う心は伝わることはないのである。


北沢大臣は、先般の自衛隊高級幹部会同においても、「隊員が部外に対し意見を発表する際は大臣及び政務三役の許可を受けよ、それがシビリアンコントロールだ」と言ったぐらいであるから、彼の自衛官を信頼していない気持ちが分かろうというものだ。彼は、自衛隊を民主党の軍だと勘違いしている。自衛隊は国民の軍であり、中国共産党の人民解放軍とは違うのだ。


部下を信頼できない指揮官に、部下がついてゆくことは困難である。今回の処置で中澤連隊長はもちろん、彼と同じように国防のために日夜精魂を傾ける制服自衛官の多くは、任務遂行意欲が減退するに違いない。北沢大臣は「一生懸命国のためにがんばることはない。問題を起こさないことが大事だ。私が防衛大臣である間は問題を起こさないでくれ。そのために、自衛官たちが任務遂行意欲を失おうが、自衛隊が弱体化しようがかまわない。マスコミで叩かれるようなことをしないでくれ」と言っているのだ。



大臣が問題を起こすなと言えば、自衛隊は言われたことだけしかしないことになる。それでは自衛隊が精強な軍になることは出来ない。自衛隊は、精強な存在であってこそ抑止力になる。そして精強な自衛隊を造るためには制服自衛官の知見が必要不可欠である。制服自衛官が意欲を失えば自衛隊はどんどん弱体化する。だから防衛大臣は制服自衛官の任務遂行意欲を大事にしなければならない。しかし、北沢大臣の頭の中にはまったくそんな考えがない。彼にあるのは反日的、反自衛隊的マスコミなどへの迎合と鳩山総理に対するゴマすりぐらいのものである。


隊員たちは北沢大臣に対し、このくらいの事でも連隊長を守る気がないのだから、いざとなれば彼は簡単に部下たちを見捨てると考えるであろう。どんな美辞麗句を並べようと北沢大臣の本音はすでに見透かされている。指揮官に2つのタイプがある。1つは最後まで部下たちを守り部下とともに行動する指揮官である。2つ目は自分に都合が悪くなると簡単に部下を見捨てる指揮官である。隊員たちは、常に自分の指揮官はどちらのタイプか判断を下している。後者の指揮官にはどんな組織であれ心底ついていくのは難しい。


それにしても政治家の中で、今回の処置がおかしいのではないかと声を上げる者はいないのか。野党の自民党も中澤連隊長を擁護すれば支持率が上がるのに。