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10月1日に新刊『麻布という不治の病 めんどくさい超進学校』(小学館新書)が全国の書店に並びます(9月30日時点でオンライン書店での取り扱い開始、一部書店にも並び始めているようです)。母校について、真正面から書いた本です。しかも、あえて学校には無断で書きました。

 

今回の本は、この仕事をしている以上、いつかは書かなければいけない1冊だったと思っています。母校について書くことは、まるで自分の身体の一部を切り出して自分の目の前に置き、デッサンするような、グロテスクな経験でした。

 

教育ジャーナリストとしての自分と麻布生としての自分が衝突をくり返します。母校への愛を行間に込めつつ、手前味噌や我田引水や自慰行為にならないように細心の注意を払いました。

 

むしろ対象が母校であるが故に自己批判的な視点も強めに盛り込みました。一部の関係者からは反発があるかもしれません。その点においては、あえて嫌われる覚悟で書きました。

 

また、行間に私という人間のエゴを見透かされるであろうことも間違いありません。いままで60冊以上の本を書いてきましたが、これほどまでに自分という人間の本質を明らかにしてしまった本はありません。

 

通常、学校をテーマに1冊の本を書く場合には、学校の全面協力が必要ですが、今回はあえて学校に無断で書きました。私の筆力のなさゆえの我田引水のそしりや、私のエゴや、自己批判的な内容への反発に巻き込みたくなかったからです。母校の力を借りてしまうことで、そこに私の甘えが生じるのが嫌だったという理由もあります。よって、今回の本の内容に関するいっさいの責任は私にあります。

 

だから、いまの気持ちは「怖い」です。でも、書いたからには多くのひとに読んでもらいたい。そんな複雑な気分です。

 

帯には大きく、

 

「東大卒」より「麻布卒」!?

 

とあります。

 

挑戦的なメッセージに見えるかもしれません。しかしここには、「東大なんて……」と言いながら、東大を頂とする日本の受験システムに依存し、巧妙に自らのブランド力を維持している「麻布」への皮肉を自己批判的に込めたつもりです。

 

カバーソデの文言が、本書の狙いを端的に言い表しています。

 

東京都港区にある麻布中学校・高等学校は「自由な学校」の代名詞として知られる。六〇年以上東大合格者数トップ一〇でありながら、底抜けに自由な校風という「ギャップ萌え」が魅力の超進学校だ。

 

ただ、それは表面的イメージにすぎない。

 

本当の「麻布らしさ」とは何か。それを感じ取るため、麻布OBの著者が九人の個性的な卒業生たちに話を聞いた。そこから「いい学校とは何か?」「いい教育とは何か?」という普遍的な問いに迫る。

 

「はじめに」は、ほとんど「はじめに」の役割を果たしていません。この書籍が、一般的な新書のフォーマットに「右にならえ」するような本ではないことの宣言です。背表紙も見てください。本のテーマを表す囲みが「カオス」です。

 

 

本書では、章ごとに文章の文体やトーン&マナーも変わります。まさに「カオス」です。この本の構成自体が「麻布」を体現するように編集しました。本当はページを開くと飛び出す絵本みたいに飛び出たり、男子校の部室の臭いがしてきたりというしかけもつくりたかったのですが、そこまではできませんでした。でもそれに近いように、行間にこそ「麻布の空気」を詰め込んだつもりです。

 

この記事では、目次の流れに沿って、それぞれの箇所で著者として気に入っているフレーズを厳選して抜粋・引用します。立ち読み感覚でお楽しみください。

 

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おおたとしまさの

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はじめに

 

麻布病【あざぶびょう】 重度の中二病による後遺症の一種。罹患者の多くには以下の点が共通している。

●特長:根拠なき自信

●特技: 屁理屈と帳尻合わせ

●チャームポイント:詰めの甘さ

 

ようこそ、カオスへ!

 

[本書取り扱い上の注意]

※本書自体が麻布病の権化です。あまり真面目に読むと目眩や頭痛が生じる怖れがあるのでご注意ください。

※麻布に入れるつもりがあるのならお子さんには読ませないでください。事前には知らないほうがいいことがたくさん書かれています。冗談じゃなく、本気で。

※本書はおおたとしまさが独自取材をして学校に断りなく執筆したものです。よって内容に関してのいっさいの責任は著者であるおおたとしまさにあります。

※読み終わって不要になったら、鍋敷きにでもしてもらえれば本望です(決して古本屋には売らぬこと)。図書館などで借りて読むのは結構ですが、できるだけすみやかに一冊購入しないと災いが起こる(著者に)ので、ご注意ください。

 

 

序章 ギャップ萌えの学校

 

どうやら「麻布」に対するあるいは「麻布の自由」に対する表面的なイメージが一人歩きしている可能性がある。

 

麻布生が麻布を愛する理由はそこじゃない。

 

ではどこなのか。九人の卒業生たちの生き方からそれを読み解こうとするのが本書の第一の狙いだ。

 

しかしめんどくさいことがある。麻布関係者の特徴として、「麻布らしい」と言われることにはまんざらでもないのに、「これが麻布だ」とくくられることを極端に嫌う(という時点でくくられているのだが)。

 

ただし、麻布生による麻布生のためのマスターベーション本で終わらせるつもりはない。むしろ母校を思考上の解剖検体にして、その良い部分も恥部もさらけ出し、「いい学校とは何か?」「いい教育とは何か?」「子どもたちに対して大人たちは何ができるのか?」という普遍的な問いに迫るための材料として提供したい。それが本書の第二の狙いだ。

 

さらに、この九人の生き方は麻布出身であることを抜きにしても興味深い。現代の偉人(変人?)の「ミニ伝記集」としても、本書にはたいへんなお得感があるはずだ。インタビューは卒業年順で、読み進めるうちに理解が深まるように意図しているので、ぜひ第一章から付録も含めて順番に読んでみてほしい。

 

と言ったところで、どうせ各々好きなページをめくり始めるのがきっと「麻布」なのだけれど……。

 

 

第一章 総理大臣目前で総裁選に出なかった政治家

 

谷垣禎一(たにがき・さだかず)

政治家。一九四五年三月七日東京都生まれ。一九六三年麻布高校卒業、一九七二年東京大学法学部卒業。一九八二年弁護士登録。一九八三年衆議院議員初当選。財務大臣や法務大臣を歴任。二〇〇九年から二〇一二年まで自民党総裁。二〇一六年事故で負傷。二〇一七年政界引退。

 

「山にも登っていたし、勉強よりも本を読んでいたりしていろいろなことに手を出していたものですから、高一のころの成績なんてめちゃめちゃ。数学が一五点、英語が二〇点くらい。だけど、体育と音楽と美術がどれも九九点だった。どう考えてもおかしい。当時全教科の平均点が六〇点以上ないと進級できないという規則があったので、担任の大賀毅先生(のちの第七代校長)が、私を進級させるために実技教科の先生に頭を下げてくれたということですよ」

 

 

付録一 青年の友「江原さん」

 

また、教員たちがある問題児を転校させようと相談していると、江原さんがやって来て「この学校で持て余すような生徒を、よその学校に転校させたら、よその学校が困るだろう。ここは学校なのだから、そういう生徒こそここに置いて、教育したらどうだ」と諭したという。

 

 

第二章 過疎の町を先端医療拠点に変えた破天荒医師

 

亀田隆明(かめだ・たかあき)

心臓外科医、病院経営者。一九五二年八月二八日千葉県生まれ。一九七一年麻布高校卒業、一九七八年日本医科大学医学部卒業、一九八三年順天堂大学医学部胸部外科大学院卒業・医学博士号授与。同年亀田総合病院心臓血管外科勤務。二〇〇四~二〇〇八年東京医科歯科大学理事。二〇〇八年医療法人鉄蕉会理事長就任。

 

同級生には竹槍を持って学生運動をやっている連中もたくさんいたが、亀田さんはビリヤードのキューを持ち、ホテルのプールサイドで夜な夜な女性を口説いていたというわけだ。石原裕次郎主演の映画で描かれた「太陽族」を地で行く青春だった。

 

「時代背景もあって、麻布のスノビズムみたいなものが我々のときにはだいぶエスカレートしていた。普通に考えたら、生意気ですよね。でも、いまの世の中を見ててね、本当にみんなかわいそうだと思う。ちょっと何かするとすぐネットに書かれちゃうからね。我々の若いころのハチャメチャから比べたらいまの不良なんかかわいいもんなのに」

 

世間一般にもたれているちょっと小生意気な﹁麻布生﹂のイメージはこのあたりに原型があるのではないかと思えてくる。

 

 

第三章 一強政権に真っ向から楯突いた元事務次官

 

前川喜平(まえかわ・きへい)

元文部科学事務次官。一九五五年一月一三日奈良県生まれ。一九七三年麻布高校卒業、一九七九年東京大学法学部卒業、文部省(現在の文部科学省)入省。文部大臣秘書官、初等中等教育局長、文部科学審議官などを歴任。退官後は自主夜間中学のスタッフとして活動。

 

「芦部憲法から学んだのは、精神的な自由がどれだけ大事かということです。学園紛争期の麻布で培われた自由に対する確信みたいなものが私の中にあるわけですよ。自由を奪われてはいけないという切実な思いが。その自由というのは精神的な自由のことです。心の自由なんですね。だから私の中で、麻布と仏教と芦部憲法は、自由という概念でつながっているんです」

 

 

第四章 ビル・ゲイツになれたかもしれない国際弁護士

 

湯浅卓(ゆあさ・たかし)

国際弁護士。一九五五年一一月二四日東京都生まれ。一九七四年麻布高校卒業、一九七九年東京大学法学部卒業。その後UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)、コロンビア、ハーバードの法律大学院に学び、ニューヨーク州およびワシントンD.C.の弁護士として活動するかたわら、独特のキャラを活かしてテレビのバラエティ番組にも多数出演。

 

「麻布に行ってからウォール街に行くとウォール街のシステムが手に取るようにわかる。つまりウォール街の想像すら超えているところに麻布がある。麻布のほうがめちゃくちゃ。だって、先生が『どうせ君たちは宿題しないんだろう』と言って、生徒たちも誰一人裏切らない。要するにボールを投げても誰一人跳ね返さないという信頼。そんな負の信頼関係で結ばれている組織はなかなかないですよね。個々がバラバラすぎて、結果的に見事に統一がとれているという」

 

 

第五章 ナンパサイボーグになってしまった社会学者

 

宮台真司(みやだい・しんじ)

社会学者、東京都立大学教授。一九五九年三月三日宮城県生まれ。一九七七年麻布高校卒業、一九八二年東京大学文学部卒業、一九八七年東京大学大学院博士課程修了、一九九〇年博士号(社会学)取得、一九九一年東京外国語大学専任講師、一九九三年東京都立大学助教授、二〇〇七年教授。

 

「僕が麻布的な経験をひとに話すときにいちばん伝えたいのは、やっぱり人間って、合理性の内側にいればつまらないヘタレになるっていうことですよね。ノイズ耐性も減るし、計算不可能なものを怖がるようになるし、枠の中でしか行動できなくなる」

 

「この前僕がラジオで言ったのは、せっかくロックダウンして街からひとがいなくなったんなら、新宿でも渋谷でも青姦しろよって話です。だって世界中が廃墟だよ。『AKIRA』的な風景の中で、世界の終わりに二人だけでセックスしてるって、最高にロマンチックなシチュエーションじゃないか。本当にやるかどうかは別にして……、と断っておくけど、少なくともそういう感受性をもっていてほしい」

 

麻布の不文律に新しいのが加わらないことを祈る。

 

 

付録二 半世紀消えない学園紛争の傷

 

興奮した生徒たちは山内の眼鏡を割り、ネクタイをもみくちゃにした。しばらく抵抗を続けた山内だったが、とうとう目を閉じマイクを取ると、「私は今日限り辞めます」と言った。

 

革命の瞬間だった。「勝ったぞー。勝ったんだ!」「バンザイ!」。グラウンド全体に歓声が響き渡った。

 

と、ここまでが、一般的に知られている麻布の学園紛争のハイライトである。しかしまさにこの瞬間、Aさんはとてつもない無力感に襲われていた。

 

「結局最後は暴力でことがなるのかなっていうね。自分としてはちょっと絶望的な気持ちになりました」

 

達成感はまるでなかった。むしろ敗北感に打ちのめされていた。

 

「高三の学年集会のときと同じように、結局は暴力を利用したんですね。自分たちの手は汚さずに……。私自身もつらかった。でも特に後輩から『Aさんは汚い』と言われたことなんかは、ものすごい傷として残ったんですよ。『彼ら(セクトの連中)のほうが純粋だ』って……。最後までいっしょに戦った同志の名前も、いまでは一人しか思い出せません。無意識的に忘れようとしているんだと思います」

 

五〇年前の革命がなければいまの麻布はきっとない。いまの麻布にもし一般的な進学校と違う部分がなんらかあるとするならば、この経験の有無によるところが大きいはずだ。

 

しかしその渦中にいたAさんは、いまも当時の葛藤から抜け出せずにいた。その苦しみを知らず、私はAさんらのことを「英雄」に祭り上げていたのだ。不覚であった。

 

 

第六章 ミスチルを超えた!遅咲きのプレゼンの神

 

伊藤羊一(いとう・よういち)

ヤフー株式会社コーポレートエバンジェリスト Yahoo!アカデミア学長、株式会社ウェイウェイ代表。一九六七年三月一六日東京都生まれ。一九八五年麻布高校卒業、一九九〇年東京大学経済学部卒業、日本興業銀行入行、二〇〇三年プラス株式会社入社、二〇一五年ヤフー株式会社入社。

 

いま僕がキャッチフレーズにしているのが「FREE FLAT FUN」です。「FREE」っていうのは、好き勝手にやるという意味ではなく、あらゆる常識とか当たり前から解放されようという意味です。「FLAT」は、ひとにはそれぞれのモノサシがあって、それらは優劣の付けられるものではないということ。「FUN」は、「何が楽しいの?」。言い換えれば「アンタ、何なの?」ですよね。もうひとつリーダーシップの講義でよく使うフレーズが「Lead the self」です。自分の人生を生きろと。これも自分は何者かを明確にしろというメッセージです。これ、麻布そのものじゃねーかよって、自分にツッコみたくなる。

 

 

第七章 プライベートジェットを自ら操縦する投資家

 

千葉功太郎(ちば・こうたろう)

個人投資家、ドローンファンド代表パートナー。一九七四年五月一一日東京都生まれ。一九九三年麻布高校卒業、一九九七年慶應義塾大学環境情報学部卒業、リクルート入社。二〇〇〇年サイバード入社、二〇〇一年ケイ・ラボラトリー

(現・KLab)創業、二〇〇九年コロプラ創業に参画(副社長)、二〇一四年東証一部上場。二〇一六年退任。

 

だって、麻布ってもともとリモートワークみたいなもんじゃないですか。授業抜け出すやつが大量にいて、勝手に自習していい成績をとる。それって究極の成果主義だと思う。

 

これからは、リモートワークによって自分から働けないやつが明確に可視化されて、逆に好き勝手やってるんだけどめちゃくちゃ結果を出すようなひとが評価される。「なんでもやっていい=絶対成果出せよ」といういままでにない考え方ですよね。

 

実は麻布ではそれを中高生時代からやらせてた。学校の束縛もないし、脱法行為でもない限り何しても怒られないけれど、あの厳しい競争環境が背後にあって成果主義に追われる。だから、ぐるっと回って「withコロナ」の文脈に合ってるんじゃないかな。

 

第八章 オタクでコミュ障を武器にしたアナウンサー

 

吉田尚記(よしだ・ひさのり)

アナウンサー。一九七五年一二月一二日東京都生まれ。一九九四年麻布高校卒業、一九九九年慶應義塾大学文学部卒業、ニッポン放送入社。深夜番組「ミューコミプラス」パーソナリティほか、イベント司会業、「マンガ大賞」発起人や通信制高校N高校のクイズ研究会特別顧問など、オタクキャラを活かして幅広く活躍。

 

僕みたいな凡人にとって麻布で得られた大きなものは、天才と普通にいっしょにいられたことです。世の中には、東大生を別世界の住人か何かのようにとらえていて、頭のいいひとって食べてるものからして違うと思っているひとが結構いっぱいいるんですよ。その点、麻布では人類として優れているレベルの天才の生態を間近に見ることができて、「なーんだ、どうせあいつも地下食のやきそば食ってるんでしょ」と思えるし、たとえば東大に対するコンプレックスやうがった見方もしなくなるというスタンスを手に入れられるのがいちばん大きなことではないかと。あとはもうごく普通の高校生生活みたいなのがいっぱいあるだけかなと思います。

 

 

第九章 勝利至上主義を捨てた東大卒プロゲーマー

 

ときど(本名:谷口一 たにぐち・はじめ)

一九八五年七月七日沖縄県生まれ。二〇〇四年麻布高校卒業、二〇〇九年東京大学工学部卒業、二〇一一年東京大学大学院工学系研究科中退。二〇〇二年第一回

「Evolution」 カプエス2部門で初優勝、二〇一七年「Evolution2017」ストリートファイターV部門優勝など、世界大会における優勝回数は世界トップクラス。

 

大学院をやめようと決めて、普通に就職するかゲームの道で食っていくかを本気で考えたときに、ようやく自分の声が聞こえたんですよ。

 

プロになってからも結果が出せなくて悩んだことはありましたが、いちばんキツかったのは、自分という人間がわからないときでした。あらゆる物事が、僕に決断を迫っているような気がしました。「お前はこれからどう生きるのだ」と。あのときまではわかっていなかったんでしょうね。

 

 

付録三 藝大生が振り返る麻布

 

いま思えば、もし傍から見たら突飛な一連の自分の行動が特異なことだと自分が認識させられていたとしたら、そのこと自体が、自分が自分であるために特別なことをしなければいけないという根拠になってしまっていたと思うんです。それが徹底的に回避されたことで、誰に必要とされるわけでもなくありのままにある自分の姿でそこにいられたことを、時を超えていま理解できます。その感覚的体験によるベースがあって、あらゆる事象、ひと、経験をありのままに感覚する「私」があっていいんだよと、いまでも麻布から言い続けてもらえている気がするんです。

 

 

付録四 現役生が見る麻布の論点

 

学園紛争の際には同窓会の力を背景に山内一郎という怪物が生み出されてしまいましたけれど、いま別の形で麻布の中に新たなる怪物が生まれているのかもしれない。「特権階級意識」という怪物が。

 

 

終章 集団幻想を演じる舞台

 

「いい学校とは何か?」「いい教育とは何か?」「子どもたちに対して大人たちは何ができるのか?」。そんな問いを抱えながら、一〇〇冊くらい書けば何らかの答えらしきものにたどり着けるかもしれないと根拠なく信じて、さまざまな教育の現場に足を運び、雲をつかむような気分で本を書いてきた。ちょうど七合目に当たる今回の本で、何かゴツッとしたものに触れたような気がした。

 

 

あとがきにかえて

 

麻布らしいエピソードとして、私はいつも、このことを話す。そして、いつも涙をこらえられなくなる。いまも。

 

 

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「あとがきにかえて」には、ある恩師への思いを書きました。この数ページのエピソードの壮大な背景を伝えるために300ページを超える本を書いてしまったのかもしれないと、本を書き終えて気づきました。恩師のご家族に、いち早くこの本を届けたいと思っています。