2025年のノーベル生理学・医学賞に大阪大学特任教授の坂口志文氏が、化学賞に京都大学特別教授の北川進氏が、それぞれ共同研究者とともに選ばれました。

このとき、過去の日本人ノーベル賞受賞者の出身大学と出身高校の一覧がSNSに出回って、「大学が全員国公立であるのはいいとして、高校も圧倒的に地方公立高校出身者が多い」ということが話題になりました。

いま「いい学校」といわれると、東京の私立中高一貫校を思い浮かべるひとが多いらしく、「なんで私立中高一貫校からノーベル賞が出ないの?」という指摘も多くありました。

でもこれ、歴史や地理をふまえれば当然なんです。が、説明するには、ここから先、ちょっとややこしくなります。よく聞いてください。

まず、日本人のノーベル賞受賞者で、最も遅く生まれたひとはiPS細胞の山中伸弥さんで、1962年生まれです。私は1973年生まれですから、私の11個上です。

次に、最近、「私立は公立に受からなかったひとたちがいくところだと思ってた」っていう意見がSNSでバズったみたいなんですが、これ、日本の多くの地域においては事実です。私立中高一貫校が圧倒的なブランド力をもっているのは、東京などごく一部の地域の話です。全国的には公立名門校が圧倒的に存在感をもっています。

そして、その東京において、私立中高一貫校が人気になったのは、1970年代以降です。私立がいい教育を始めたからではなく、都立高校の入試制度改革が失敗したためです。東大に進学するような学力上位層が都立高校ではなく私立中高一貫校を選ぶようになりました。あくまでも東大など東京近辺にある最難関大学で起きた変化です。

それでも、東大の合格者の過半数を私立高校出身者が占めるようになるのは1990年代になってからです。私の世代からなんです。ノーベル賞受賞者のなかで最も若い山中伸弥さんの世代でさえ、公立優位の時代です。それよりももっと前の世代では私立出身者なんて国公立大学では完全にマイノリティーです。

ましてや東大よりもノーベル賞受賞者を多く出している京大においては昔から今までずっと公立高校出身者が多いですし、そのほかの地方国公立大学も同じです。



だから、ノーベル賞受賞者に地方公立高校出身者が多いのはごく当たり前のことです。

もっと興味深いのは、受賞者が圧倒的に西日本に偏っていることです。国公立大学は地理的には全国にまんべんなくあるのですが、人口比でいうと、西日本のほうが多いんです。西日本のほうが国公立大学に入りやすいんです。

それなのに、なんで違和感を感じるひとが多かったかというと、東京の視点で発信されている情報ばかりを見ているからです。東京の価値観や常識で世の中全体を見てしまっているからです。「学力最上位層は私立中高一貫校に行くはずだ」というのは東京など一部の地域の非常にローカルな思い込みであるということだけは覚えておいてほしいと思います。

同様に、「私立中高一貫校のエリートが世の中を牛耳っている」というのも間違いです。少なくとも東大において私立高校出身者がマジョリティーになったは私の世代以降ですからまだ50歳そこそこで、いままでの社会をつくってきたエリートはその上の世代の公立名門校出身者です。地方の政治経済においては現在でも公立名門校出身者が圧倒的な地位を占めています。

もちろん、地方でのんびり育ったほうが大器が育つって傾向もあるでしょうし、過度な受験競争がノーベル賞をとるかもしれない才能をつぶしてしまっている可能性は十分に考えられますけれど、少なくともいままでは構造的に私立中高一貫校出身者がノーベル賞をとりまくれるような状況ではなかったということです。

では今後、私の世代以降の私立中高一貫校出身者が60歳や70歳になったとき、つまりいまから10年後20年後にノーベル賞をとるようになるかというと、それはそれで別の事情で微妙です。2004年には国公立大学の法人化が行われ、そこから大学の研究力が落ちていると指摘されているからです。


※2025年11月13日のFMラジオJFN系列「OH! HAPPY MORNING」でお話しした内容です。