出版社の書籍担当者には、日々、いろいろな小説の売り込みがある。

しかし編集者は、届いた作品のうち半分以上は
はじめの数ページしか読まずに放り出してしまう…というのを聞いたことがある。

つまり、
「つかみ」が面白くない小説は、
その先を読んでもほぼ間違いなくつまらない。

ということだ。

「実力は書き出しに凝縮されている」といってもいいかもしれない。

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同じことは、作詞にも言える。

もちろん楽曲の場合は、始めの歌詞が悪くても聴いてはもらえる。
ただ、リスナーの気持ちをギュッと掴むには、つかみの歌詞は非常に大切。

もちろん、秋元康氏の歌詞には、「つかみ」が見事なものがたくさんある。

ただし、今回取り上げるのは秋元氏の作品ではなく、ある新人作詞家の作品。

指原莉乃が作詞した「遠い街へ」だ
(「意気地なしマスカレード」のカップリング曲。劇場版に挿入)

新人なのに、本当にいい歌詞を書いているし、「つかみ」も素晴らしい。

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冒頭の歌詞は、こんなふうに始まる。

「ふと気づく 帰り道 電気つけたままだっけ?
 まだ慣れてないよ  街も地下鉄も 新しい生活も」


どこがすごいって、この短い歌詞に、いろいろなことが表現されているのがすごい。

日常の様子を歌っただけなのに、

*新しい街に引っ越したこと
*ひとり暮らしであること
*ひとり暮らしが初めてであること

が、しっかり伝わる。しかも、その後にどんな歌詞が続くのか、
ドキドキして聞きたくなるような導入となっている。

この後は、遠い街にいるさみしさが、
さまざまな出来事を通して綴られている。

それも、「さみしい」「会いたい」という言葉を極力使わずに。
この2つの言葉は、歌詞中に1回ずつ出てくるだけだ。

サビはこんな歌詞。

「何度もメールを見返し 何度も涙を流して
 遠い街を思い出す 今 立ち止まれないけど

 みんなは何してるのかな あの頃と変わらないかな
 『またね』と言い 手を振った あの日々を思い出すよ」


ところで、何か気付きませんか? 
このサビの歌詞を読んで。

そう、タイトルの「遠い街へ」
遠い街(博多)へ引っ越したように読めるけど、
歌詞の中の「遠い街」は、東京のことを示している…。

うーん…。深い。深い歌詞だなぁ…。

●「遠い街へ」指原莉乃 with アンリレ
http://www.pideo.net/video/youku/25720d07f9cb30c4/


繰り返し聞いてみると、メロディーに対する言葉の当てはめ方は、
新人っぽい、ぎこちない箇所はある。

でも、それさえも気持ちが届く要素になるくらい、
真っ直ぐにいまの心境をメロディーに乗せている。

素晴らしい歌詞だと思う。

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ちなみに、1コーラス目は
友達(おそらくAKBのメンバー)や東京への思いを歌っているけど、

2コーラス目では、一転して
家族(たぶん母親)や地元をイメージした歌詞になっている。

つまり、2コーラス目の「遠い街」は育った町の大分ということだろう。

この辺の展開もなかなかいい。

母親に素直になれない自分と、その裏の本音。
強がっている自分のことを白状するなんて…可愛いじゃん(笑)

「『今日は何をしているの?』『変わらない。いつも通り』
 会いたい気持ちを伝えられなくて 冷たいメールばかり

 変わらぬ街の風景も 洗濯物の匂いも 
 すべてが懐かしくみえて いつもの番号かけると優しい声

 冷たくなってしまうのは 強がっているだけのこと
 きっと勘で気づいてる そう 昔からだよね

 今日のご飯は何だとか テストの点の話とか 
 してた頃が懐かしい あの日々を思い出すよ」