オレ様のイイ文<白内障闘病記に変更してみた>

オレ様のイイ文<白内障闘病記に変更してみた>

すっかりトラ毛のネコになってしまったオレ様が、世間にもう一度噛み付いてみる。

【本日の一言】 歳の所為か、すっかりキバの抜け落ちたオオカミ、毒のなくなったサソリとなっているので、もう一度『オレ様』な自分を取り戻すべくBlogタイトル・ジャンルを変更しました。
炎上上等で過激に行きます。…つーか単純に飽きてきたのでシゲキが欲しいだけだったり。


テーマ:

「死ぬまで薬を呑み続けなければならない。」
「今の医事法だと1ヶ月分しか処方できない。」

「必然的に毎月通院をしなければならない。」

「半年に1回くらいMRIしておきましょう。」

ということで、もう半年も前から検査日が決められていた。


半年はおろか1ヶ月先の存命さえ確定事実ではない身だというのに、
患者都合ではなく病院都合でスケジュールを決めていく。

それが大病院の常と理解をしていても「患者ファースト」を掲げる看板には疑問が残り、
それでも命を繋いでくれている恩義には逆らえないもどかしさが残る。

もう何十回とMRIを体験して入れば、耳障りなノイズも長い検査時間も
全く気にならなくなる。睡眠障害の身上ゆえ熟睡を貪ることはないが、
不愉快さも不安感も全くない。最早人生のルーチン入りした時間という印象。

 

結果は電子カルテに瞬時に反映される。
脳に埋め込まれたコイルやクリップには異常なし。
増設されたバイパス血管も問題なく流れている。

奇形血管は相変わらず奇妙な形状を保ったまま変化はない。

まぁ、大丈夫だね、としれっと報告され、診察はすぐに終わった。

 

終わったら、次は町医者へ。

もう2週間以上喉風邪が完治しない。
脳内とは関連性が全くなくこれに関しては加齢の所為と享受しているが、
喉といい目といい最近下し気味の腹といい、アチコチ壊れていっている実感は否めない。

 

機械の身体が欲しいよ、メーテル。もうネジでもいいや。


テーマ:

手術から半年が経過したが、一向に慣れることも受け入れることも難しく、

「見えないことに難儀」する時間が続いている。


1つは、生身である左目の視力低下のスピードが予想より進んでいること。

手術を受ける際に「双眼でよく見える」ことを前提に調整をしているので、

元の目が劣化してしまえば当然総合力は低下し視力は改善されない。


もう1つはあくまで見え方の印象であるのだが、手術した右目の上に

「透明なアメーバ」が眼球の上に張り付いて、動きにあわせて

右往左往移動しているように思える。

「飛蚊症」の症状も出ているとの診断だったので「透明な蚊」かとも思ったが、

局部的に霧がかかったような奇妙な現象は、視力数値以上に視界を遮っていた。

 

「後発白内障かもしれないねー。薄く膜が見えるので今から手術してみるか。」
「は。」

「レーザーで簡単に済むから。」
「え。」

ということで、心構えも気持ちの整理もないままに、レーザーをパチパチ浴びることになった。

 

つまり、こういうことだ。
白内障手術は、水晶体嚢を切開し嚢の中身を超音波で破砕吸引し、
残した嚢の中に眼内レンズを挿入するが、術後経過すると嚢の中に残っている
水晶体の細胞が増殖して、水晶体嚢を濁らせてしまうことがあり、これを後発白内障と呼ぶ。
レーザーを用いて濁ってしまった水晶体嚢に孔を開け、眼内に光が入るようにする。

 

これ自体は痛みもなく暗室で右目にめがけて光を浴びるだけなの

どうということはないのだが、いかんせん ドキドキ する。

 

これで症状が劇的に改善するとは思わないのだが、
せめて大好きだった本をもう一度読む気になるくらいの状況になればいいがなぁ。


テーマ:

年が明けて術後1ヶ月検診。
「時間藥」とは言われたものの薬の効きが人一番悪いようで、良化したとは言い難い。
相変わらず左右で見え方も色さえも違うし、それを整合してくれる筈のポンコツ脳味噌は
未だ本領を発揮していないようで、双眼で見ている視野センターポジションやや右付近に
(つまり利き目が強い)にボーダーラインがあるようなイメージ(あくまでイメージ)。

この件を脳外科医に話すと「面白い」と他人事のように食い付いてきた。
眼科は他人事ではあるが、それを司る脳の機能となると俄然興味が湧くらしい。
経過報告をリクエストしてきたところを見ると、彼にとってはまだ大事なモルモットらしい。

眼科医の初見では、視力は出ている、若干ドライアイの兆候は見られるが改善すれば
違和感は消えるだろう、ただ近距離にピントが合わない件は眼鏡が必要かも、との話だった。
 

「眼鏡?老眼鏡?」「まぁ、それに近い」「…嗚呼」「抵抗は?」「まぁ、この歳ですし」

ということで近距離検査をして処方箋を出してくれた。そう、検査結果も処方箋と呼ぶのだ。

帰り道、立ち寄った昨今流行りのシャレオツ眼鏡チェーン店で相談。
接客をしてくれた眼鏡っ娘は「老眼鏡ですね?」と踏み込まず、「近距離用ですね?」と
丁寧にレンズを拭くようなソフトさで扱ってくれた。またそれが少し辛い。

待つことわずか40分。あっという間に立派な老人が出来上がってしまった。
少年時代からかけていた自分の眼鏡姿が嫌でコンタクトにした途端世界が変わり、
連日のお泊まりにコンタクトが面倒になりレーシックを受けたにも関わらず、
30年経ちまた眼鏡生活に戻る森羅万象・輪廻転生。回る回る時代は回る。

『4本足で生まれて2本足で育ち、最後3本足になって死ぬ生き物ってなーんだ。』
『…ニンゲン。』

そんなナゾナゾをふと思い出した月初めであった。


テーマ:

翌日午前中検診に行き、いよいよ眼帯が外れて「人工眼」のご開帳となった。

「片目がクリアになる」ということは言わば「もう片眼は濁ったまま」ということでもある。
この両極端な風景を一度に見るとどうなるか。

色彩の異なる世界を彷徨う如き視界の不安定さと、立体視を導き出す交差部分の不明瞭さ。
術前から禁酒を断行したにも関わらず、眼だけ2日酔のような奇妙で気分の悪い状況が続く。
 

担当医は「脳がいずれ別々の景色を調整して整合するようになるので、時間薬」と語ったが、

一晩を経過してもさほど改善の兆しがなく、「退社」「引退」「この自由からの卒業」とか

未来を閉ざしていくキーワードが浮かんでは消え、軽い絶望感が襲ってくる。

 

そして一週間。洗髪が解禁され充血も薄れ、傍目からは病人気質が消えたような
印象を与えつつあるが、当の本人はまだまだ霧の中にいる。

視力検査の数値は良い結果を示している。検診結果も悪くない。
ただ「左右で色が違う」「中間距離のピントが合わない」「視界の違和感が消えない」など、
酩酊状態のようなふらつきはなくなったものの、長時間の打合などでノートPCを凝視する
時間が増えると明らかに異変や異常を感じるし、医師の言う「時間藥」はヶ月単位なのだろう。

そもそも整合性をとるべき脳は、人一倍ポンコツなのである。
永遠に時間藥が処方されなくても不思議はなかろう。

しかし既に医師に予告されているが、いずれ残った生身の眼も機械の眼に交換しなければ
ならない時が来る。しかも既に白内障の症状は出ているので、それほど遠くない未来に、だ。
その時、僕は何を得て何を失うのだろう。教えて、メーテルー。


 


テーマ:

病院では、少し前まで「医療機器の不具合を引き起こす可能性があるため、ケータイ禁止」
なる御触れが定説となっていたが、今や高齢者まで搾取に入ったスマホ時代を意識してか
昨今は、患者サービスの一環としてWifiを飛ばしていることも多い。

まぁ、これが便利なのか困ったものなのかは判断が難しいが、必然的に仕事ができてしまう
環境が出来上がってしまう。虚ろな年寄りでごった返す待合室でさえ、事務所になり得る。
ザッとチェックして緊急性のある内容であれば、パッと修正を入れてポンと返せる。
そんなことを手術10分前までやっていた。
逆に行ってしまえば、その程度の手術ということでもある。

一応上半身だけは術技に着替えて帽子は被るが、下半身はデニムとスリッパのまま。
壁面には今日手術を受ける患者のリストが貼ってある。
ざっと10人。当然自分以外全て年配者。看護師によると、30人くらいこなしてしまう
別の先生もいらっしゃるそうだ。単純に数をこなせば良いというものではないと思うが、
それだけの患者が当たり前のように存在している病気というのも不思議ではある。

手術自体は予告されていた通り、あっけなかった。
麻酔を点眼されライトを当てられているうちに、レーザー音と共に視界は歪み始め、
世界がぼーっとしてきたな、と思っている間にあっさりレンズがはめ込まれたようで、
強固に眼帯をされ終了。正味15分というところか。それでも担当医曰く
「多焦点でレーシックもやっているので、普段より慎重に」だったそうである。

ただそれからが大変だった。
片目で生活することの不自由さは身体のバランスや方向感覚を崩すことに繋がるようで、
単純に真っ直ぐ歩くことさえ難しい。どこの方向に向かって歩みを進めているかも怪しい。
電車を乗り継ぐことなど不可能に近かったので、近隣に宿をとっておいて幸いだった。

人気のない寂れた駅で夕飯をとれるところを探すことさえも難しい。
這々の体で辿り着いたラーメン屋は、それなりに通の評価を得ている優良店のようだったが、
まったく味が入ってこなかった。
どこがダメでもまともに動けない。人間は不便なる生き物であることをあらためて実感した。
 

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス