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復興メモ(1)

6月になって神楽坂は、はなみずきの青葉の季節になってきました。直に梅雨時の街姿に変わっていくでしょう。

さて、震災からすでに3ヶ月になろうとして、現地での大変さがいろいろ伝えられ、計画屋としてもどかしい気持ちの日々です。

復興に向けて多くの議論がされているなか、これは参考になるぞ、と思う事例があることに気がつき、調べました。2005年(平成17年)3月20日に起きた「福岡県西方沖地震」です。(M7、震源深さ9㎞、直下型地震、津波なし)

東日本地震と違うのはプレート型ではなく直下であり、津波なし、ですが、玄界灘の島々、海辺の街が被害を受けたことから多くの学ぶべき事があります。注目したいのは、その中のひとつ、玄界島の復興です。

玄界島は福岡市に属します。人口700人(当時)、漁業の街です。被害は、避難者433人、建物被害214件(全壊107、半壊45、一部損壊61)島民の2/3が被災したわけです。

それでも復興作業は、島民挙げて取組み、平成17年3月~平成20年3月に完了しています。わずか3年です。復興まちづくりを島民同士が議論して検討して、役所と一緒になって計画を立て、完了するまでに3年です。これは極めて順調に行ったケースです。…それでも3年です。その間、島民は、仮設住宅暮らしをしながら、漁をし、学校に行き、頑張った。被災から3年で新居に移り住んだそうです。
注目したことのひとつは、この期間です。問題が無かったわけではないと思いますが、3年で仕上げたことは立派です。

もう一つの注目点は、海辺の街の復興です。断面図を見ると解るように、斜面地に面して市営住宅を建て、高台を切り土して建てた戸建て住宅へは市営住宅のエレベーターで上がれることです。これは避難用としても使えます。高台への移住などは大変であったと想像しますが、安全・安心を優先した結果と思います。

今の三陸が直面している土地が無いことへの対策のヒントとして、注目した次第です。

(せ)
参考、出典:福岡市西方沖地震記録誌、玄界島復興記録誌ほか
http://www.city.fukuoka.lg.jp/jutaku-toshi/chiikikeikaku/bousai/genkai.html

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こんにちは!

とし研ブログをようやく始めることにしました。

専門的なことばかりでなく、日頃のとし研、神楽坂ライフやその他もろもろ、よしなし事を書いていくことにします。

世の中では、すでにツイッターやフェイスブックなどもHPに使っているようですが、とし研は、HP→ブログから徐々に進めて参ります。…そのうち、追いつくでしょう。

5月にホームページを改訂したところ、外部からの反応も少なからずあるようです。

このツールがいろんな人たちとつながっていけると良いと思っています。

(せ)
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