インスリン分解酵素

 

インスリン分解酵素(Insulin Degrading Enzyme;IDE)は、投与されたインスリンを分解して尿として排出する酵素です。膵臓から分泌されたインスリンは、まず肝臓で分解され、血液中に循環するインスリンは腎臓の糸球体で分解されます。

 

また、インスリン分解酵素は脳内に存在するアミロイドβも分解する役割を担っています。アミロイドβはアルツハイマー病の原因となるタンパク質で、正常に働いていれば老廃物はきれいに洗い流されます。しかし、糖尿病や糖尿病予備群の人はインスリン分解酵素が不足し、アミロイドβを分解する力が弱く、老廃物が脳に溜まるため、認知症を発症するリスクが高まります。

高血糖状態が続くとインスリンの分泌が促進され、インスリン分解酵素はインスリンを分解するだけで精一杯になりアミロイドβ蛋白を分解できません。また、高血糖状態が続くことによってインスリン分解酵素自体の働きも弱くなってしまいます。

インスリン分解酵素を阻害できる分子が発見されており、この分子を投与することで、マウスでは血糖を調節できることが示されています。IDE阻害剤によりインスリンが細胞内でより長くとどまるようになるため、インスリンがより効率的に機能するようになります。

 

「糖尿病と認知症(アルツハイマー病)」

コラム

バランスの良い食事、とれていますか?食生活の乱れは肥満、糖尿病などの生活習慣病を引き起こします。今回は糖尿病に着目し、近年特に研究が進められている、私たちに身近な2つの病気、糖尿病とアルツハイマー病の関連についてお話ししたいと思います。
糖尿病には1型と2型があるのはご存知でしょうか?1型とはインスリンを分泌している膵臓のβ細胞の破壊によるインスリンの欠乏を成因とするものです。2型は、食生活の乱れによる食べ過ぎや、肥満、運動不足によるインスリン抵抗性の増大などを成因とするものです。診断に用いられる検査項目は空腹時や随時の血糖値、75g糖負荷試験 (OGTT) 2時間値、HbA1cなどがあります。

アルツハイマー病は最も一般的な認知症です。軽度な症状で記憶障害、高度ともなると身の回りのことができなくなり、最終的に寝たきり状態になってしまうことさえあります。原因は、脳内にアミロイドβというタンパクが分解されずに蓄積することによって引き起こされるとされていますが、その機序は諸説あり、現在も研究がすすめられています。その中には、今回お話する糖尿病以外にも睡眠障害がアルツハイマー病を引き起こす可能性を示唆しているものもあります。

全世界における糖尿病患者とアルツハイマー病患者の統計を取ったRotterdam Study (1999年) によると、糖尿病はアルツハイマー病の発症リスクを2倍に増加させることが明らかとなっています。また近年、アミロイドβの分解異常の要因としてインスリン抵抗性増大があげられています。インスリンは唯一、血糖値を下げることのできるホルモンであり、高血糖状態が生じると分泌が促進されますが、インスリン抵抗性が増大した状態では、血糖を下げるためにより多くの量を必要とします。分泌されたインスリンは、インスリン分解酵素(IED)によって分解されますが、IEDはアルツハイマー病の原因となるアミロイドβ分解の役割も担っており、インスリンが多くなると、その分解のために消費されてしまいます。その結果、分解されずに残ってしまうアミロイドβが蓄積していくと考えられています。また、インスリン抵抗性状態では、インスリン分解酵素の活性を抑制する遊離脂肪酸が脂肪細胞から多く放出される為に、さらに状況を悪化させると考えられています。これらの事から、インスリン抵抗性を改善することによりアルツハイマー病の進行を遅らせる治療法が試みられています。マウスを使った実験によると、全身の筋肉を使った有酸素運動が有効であるとされ、アルツハイマー病モデルマウスに自発的に運動をさせたところ、アミロイドβの過剰蓄積が抑制され、学習記憶能力の向上も認められたと報告されています。

不摂生は生活習慣病のみならず、脳への影響も少なくないという事が近年報告されています。またメタボリック症候群やインスリン抵抗性増大がアルツハイマー病の発症に関与するとされているため、アルツハイマー病を脳型糖尿病としてとらえる報告も認められるようになっているそうです。アルツハイマー病を単なる老化現象の一つとして考えるのではなく、生活習慣の乱れによっても発症しうるものとして研究が進み、その発症機序の解明が進めば、予防・治療法のさらなる進歩が期待されます。