さてもう少し、しばらくは自分の生い立ちについて書いてみたいと思います。

 

 本当だったら、楽しいブログを見たい…という人も多いのかもしれませんが、誰かに伝える事が出来る…という安心感があると、たとえ暗い過去があったとしても落ち着くものなんですね。

 

 書き始めたばかり…というのもあり読んで下さっている方は正直少ないのですが、たとえわずかな方々でも見に来て下さっている方がいると思うとやはり恥ずかしい反面嬉しいものです。

 

 いずれは寂しさや自分の辛さを全部吐き出して、楽しいブログへと方向転換をしていきたいとは思っています。

 

 もう一度、幼少期の頃からについて書いてみようと思います。

 …というより、私の父について書いてみます。

 

 昭和一桁生まれの父は、男子厨房に入らず…という考えの人でした。

 なので男はどんな事をしてでも金を稼いで来い。

 そして女はしっかりやりくりをして家庭の家事をこなせ。

 

 …今の時代には時代錯誤だの男尊女卑だのと言われてもおかしくない考え方です。

 

 でも今となっては実はそれが一番正しい考え方なんじゃないかって個人的には思っています。

 

 これは男女差別なんかではなく、男性と女性の適材適所なんじゃないか…と。

 でもまあこれは別の機会に書こうと思います。

 

 幼稚園の頃か小学生の低学年の頃ぐらいかと思います。

 

 母は編み物や縫い物が得意であり、趣味でした。

 私はそんな母を見て、自分でもやってみたいと言いました。

 すると母は、池袋のとあるデパートに連れて行ってくれ、自分のわずかなへそくりの中から子供用のミシンを買い与えてくれました。

 

 すると大変…。

 仕事から帰って来た父は「男が何をやっているんだ!」…と激怒し、そのミシンを踏みつけて壊してしまいました。

 

 それ以来、母は「ご飯作るの手伝おうか?」…と言っても「お父さんに怒られるからね」…と家事全般は何もさせてもらえませんでした。

 

 小学校高学年になって、家庭科の宿題でエプロンを縫ってくるように…と言われた時も父は「そんなもの男がやる必要は無い」…と怒られました。

 

 結局宿題を無視して学校に行くと、見るに見かねたのか、隣の席の優しい同級生の女の子が休み時間に縫ってくれ、家庭科の先生には怒られずにすみました。

 

 なのでお米を磨いだ事も中学の飯盒炊爨でたった1度だけ。

 自炊は人生でたったその一度だけしかありません。

 

 これだけを聞くととしひとの父親って何てダメ親父なんだ…と言われそうですが、私にとっては理想の父親でした。

 

 ある日父はその時、松葉杖をついていました。

 

 タクシーの運転手を辞め、運送業を独立開業してからある日のこと、家具を足に落として父は片足を複雑骨折をしていました。

 

 ちょうどその頃、小学校低学年の私は近所でも有名な中学生の不良グループに私は目をつけられ、そんな日もエアガンで撃たれていじめられ、泣きながら家に帰ってきました。

 

 「また、誰かに泣かされたのか。まったく…。」

 「だって、上級生3人でしかも鉄砲持ってて…。」

 「まだいるのか?そいつら」

 私は小さく頷くと、父は松葉杖を両脇に猛ダッシュで近所の公園へ…。

 

 父が心配で、「やめなよ」…と私は必死に追いかけました。

 歩くのでさえやっと…しかも相手は近所でも噂になるような不良連中…。しかも3人とあれば、とてもかなうわけがありません。

 

 止めるのも聞かず、「としひとをいじめたのはお前らか?」

 案の定その内の一人が不良特有の顔の近づけ方で…

 「ああ”ゴルァ!何だこのジジ…(ボコッ)」

 

 不良が粋がる台詞が終わらないうちに父は思いっきりそいつの顔面を殴りました。それで終わらず、うずくまっている所に松葉杖で4,5発位殴打…。傍にいた2人は「おい!逃げろ」…と声が聞こえたと思ったら、一瞬のうちにどこかへ消えてしまいました。

 

 「今度うちのせがれをいじめたらただじゃ済まないからな」

 

 か細い声で「すみません…」という声を聞くと、父は松葉杖をつきながら家にゆっくりと戻って行きました。

 

 行動としては決して褒められたものではないけれど、自分の子供を守ろうと戦ってくれた父…。

 父親の背中が大きく感じたのは言うまでもありません。

 

 おかげで後にその不良グループに出くわしたのですが、

 「こいつの親父、危ないからやめとけ」…と言われ、その後はいじめられずに済みました。

 

 その日、男は強くないと色々なものを守れないんだよ。…と酒を呑みながら私に語りかけてきました。

 思えば昔、母が2人の兄にボコボコに殴られる度に、幼稚園児ながら無力だった自分を恨んだ事と記憶がダブりました。

 やはり強くならなければならないんだな…。

 

 次の日、父の足のギブスがパンパンに腫れ上がりました。

 「イテテ…、やっぱり骨を折ってる時に酒呑んだらダメだな…」

 はたして本当に酒のせいなのかどうかは分かりませんが…。

 

 今父親になって自分が父と同じように力強いわけではありません。

 でも家族を守ろうとする意思は男として決して失ってはいけないものだと思います。

 私は小さい頃に父親に教えてもらった事を胸に、これからも頑張って行きたいと思います。

 

 追記

 

 前々回の記事で、母が2人の兄に暴力を受けたとの記事を書きましたが、その時父は守らなかったのか?…という疑問があると思います。

 

 兄達は顔などを殴るとバレてしまうので、腹や足など見えない場所ばかりを狙って殴っていました。

 翌日父にそれを話すと、「よくもチクったな!」…と更に暴力が激しくなってしまうため、母も私も言えませんでした。 

 

 母はそのせいで、子宮も摘出したり、数々の骨折があったりと散々な目に会いました。

 当然その頃の私は子供心に兄達に殺意を抱いており一歩間違えばとてもとり返しのつかない犯罪者になっていたかもしれません。

 

 でもそうならなかったのは、おそらく両親の愛情を感じ取れたからだと思います。

 

 数々の何かを踏み外して悪い事もしてきたけれど、越えてはならない一線の手前で踏みとどまったのは両親のおかげかもしれませんね。