【不登校は解決するというより乗り越える】
って、ユーチューブで見たんですけど・・・
全くその通りだな
と思いました。
『3週間で不登校を解決します!!』
という謳い文句は
不登校初期の親にとって、
すごく魅力的に映りますよね…
うちは次女が
幼稚園頃から行き渋りを見せ
小2から不登校になって
丸3年
長女は小5から丸2年
どちらも途中登校を繰り返しながらの
不登校の年月が流れています。
『少し背中を押したりした方が良いのでは?』
と考えて少しだけ
行けるようになったこともありますが…
結局は完全不登校です。
中1長女は現在夏休み終わって
始業式行けたものの…
今はまた行く気配を無くしています。
デイサービスも
夏休み中はほとんど予定通りに参加しましたが
学校が始まった途端
デイサービスも消極的です。
夜寝るのも
夏休み中より遅くなって
少し生活リズムも乱れていて
登校は『一旦保留』『模索中』という感じです。
小5の次女は
相変わらず
【学校には、行かない】
というスタンスを貫いたままです。
でも…ここに来て、
私なりの不登校の解決方法
というものが見えてきました。
前々回のブログの最後にも
書いた内容ですが・・・
親が一生子どもの面倒をみる
という覚悟です。
私は、コレが非常に大事だと思っています。
世間からしたら…
え!待って!?
こういうのを過干渉・過保護だ、って
言うんじゃないの!?
これぞまさしく毒親じゃない!!
子どもの自立を妨げる親じゃない!!
って声が上がりそうですけどね
確かに
親は子供よりも先に死ぬのは
目に見えて飛び抜けて高確率です。
親が一生子どもの面倒を見るというのは
どう考えても
高確率で難しいこと。
でも、そんなのは正論なんですよ。
わかってます。
そこまで私も
アホじゃないんで。
子供自身だって
当たり前に
分かってますよ?そのくらい。
自分が死ぬまで
親に一生面倒を見てもらえるなんて
子供だって
そのくらい理解してる。
子供は、
親のそんな甘い言葉に便乗したら
自分がダメ人間になってしまう
なんて
むしろ誰よりも理解してる。
特に不登校になるくらい
繊細な子供は。
自分を責めてしまうくらいに。
だ・か・ら・こ・そ
親の覚悟が試されるんですよ。
良いんだよ
大丈夫だよ
甘えても良いよ
親をたくさん頼って良いよ
何も心配しなくて良いよ
それにあなたなら
どんなことがあっても
必ず自分で解決できるし
ママは信じているし
万が一、あなたが自分で解決できなくても
解決できるまで
ちゃんとそばにいてあげるからね
もしも
ママが先に死んでしまったら…
それでも大丈夫なの
あなたは
みんなに愛される子供だから
みんなに助けてもらえる存在だから
決まってるでしょ
当たり前でしょ
だから失敗しても大丈夫
解決できなくても大丈夫
あなたが自分でできるまで
周りの人がそばにいてくれるからね
という覚悟を決めた親のメッセージ。
不登校になるくらい繊細で
親や周りの人に
『自分が学校に行かないことで
迷惑をかけているかもしれない』
と思ってしまったり…
『自分は間違っているかもしれない』
と自信を持てなくなってしまったり…
そんな性質の子どもだからこそ
そのメッセージは
最強のお守りになる。
自分がそうやって親に言われたら
そうだよね?
ママは親バカだな〜
なんて言いつつも
嬉しくならないわけないじゃん。
私ならね、
めちゃくちゃ信頼されてるな、
って思うよ。
信頼って、その積み重ねだと思う。
『親が一生子どもの面倒をみる』
ってのはさ・・・
毒親にしたら自己犠牲なんだけど
まともな親にしたら愛だからね?
自己犠牲なのか愛なのか
親がやろうとしてること、親の感覚というのはどっちなのか。
親はまともなのかそうじゃないのか。
それくらい
子供は簡単に見抜くよ。
そして、毒親ほど
『子どものために自己犠牲なんてまっぴら』
っていうのが本音だから、
親が一生子どもの面倒をみる(=自己犠牲)なんて
そんなふうに甘やかすとろくな子供にならない!!
って、
言うんだよね??
正論として。
『むしろ一生面倒を見てほしいのはこっちだ』と毒親は思っているのだから
恐ろしくて言えないよね。
「自分が子供を一生面倒を見る」なんてセリフ。
子供に愛を渡すのが怖い。
『正論に逃げる』とも言う。
それが毒親。
私の不登校の解決方法はね
こういう器の小さな毒親をやめること。
万が一、自分が子供を一生面倒みることになっても
大丈夫だ。任せておけ。
自分に面倒みることができなくなったとしても
自分の代わりに社会や周りが必ずフォローしてくれるから。絶対に大丈夫だから。
って、腹をくくること。
この意識と安心感は必ず子供に伝わる。
娘は現在支援級で
中1の現段階では
進学は支援高校を考えています。
担任の先生からは
週に2回くらいでも登校する意思をみせていれば
高校側も、印象がプラスに変わってきます。
と言われています。
でも
『先週は1日登校できたので
今週は頑張って2日行ってもらいたい』
とか…子供とそんな意識で関わると
それは簡単に子供に見破られます。
先生に
そういう風に言われたからと言って
忠実に守る必要が
果たしてあるのだろうか。
(長女に、先生に言われたことは一情報として伝えてはいる)
たとえ将来それで受験失敗したとしても
他の高校に入るチャンスと成り得る可能性も
出てくるし
後悔したり
『自分の本当に進みたい道は何か』と考えるのは
子供自身。
発達障害があると言っても、
意思疎通困難な重度の障害があるわけではありません。
発達障害でも自分らしく生きている人は
この世に数え切れないほどいます。
とにかく子供を信じること。
信じることは『期待すること』とは違うと思います。
期待というのは
ネットで意味を検索してみると・・・
ある人がそれをするのを(他の人が)あてにし、心待ちに待つこと。将来それが実現するように待ち構えること。
一方、信じるは
少しの疑いも持たずにそのことが本当であると 思う。
と載っていました。
全然違います。
『期待』は
自分の都合の良い結果になることを
相手に希望している
という他人軸という感覚。
『信じる』は
相手のことを自分が受け入れる
という自分軸という感覚。
そんな感覚がします。
『子供を信じる』と言ったら
子供に期待してただ待っている
ということじゃないです。
子供の意思
それを疑わない
ということ
だと思います。
将来『あなは出席が足りない』『努力が足りない』と
世間から子供が弾かれても
良いじゃないですか。
他の世間は受け入れてくれるかもしれないし
他にも道は沢山ある。
それに、そうやって弾かれたとしても
親が子供を弾かなければ良い話です。
子供が自分で歩んだ結果として
人生の崖っぷちに子供が立たされた時
その時にこそ手を差し伸べるのが親だと思いませんか?
人生の崖っぷちに行かせる前に
止めるのが親ですか?
子供は自分の思うままに
進んでみたけど
その進んだ場所には
真っ逆さまに落ちてしまうような谷底がある…
のではなく
もしかしたら…
立派で安全な橋が
通るのがワクワクするような橋が
その先に架かっているかもしれません。
行ってみないとわからないです。
わからない所に行く自由が子供にはあるんです。
だって、子供の人生なのだから。
もし、真っ逆さまに落ちそうな谷底だったら
その時に親が手を引っ張ってあげれば良いです。
器の小さな毒親は
自分まで真っ逆さまに落ちたくないので
そういう時には手を貸しません。
散々
「こっちにおいで!そっちじゃなくてこっち!」
と誘導しておきながら
いざ、自分が間違った道案内をしてしまい
子供が崖にたどり着いてしまったら
さっさと逃げるんだよね。
あなたの人生なんだから
あなたが自分で選びなさい
あなたの責任だから
って
子供が崖っぷちに、立たされてから
そうやって正論をぶちかます。
話を戻します。
私の不登校解決方法は
親が一生子供の面倒を見る
と腹をくくる。
子供をひたすら信じる。
です。
この言葉に、ザワザワするのなら
『自分は何を怯えているのだろう』
と考えてみたら良いかもしれませんね。
怖いですか?
子供に人生丸投げするのが怖いですか?
自分の人生じゃなくて
子供のものなのに。
子供の人生のプラスのできごとは
自分事のようにじゃんじゃん受け入れるのに
マイナスのできごとは受け入れないつもりですか?
親が子供を守るって意味
しっかり理解してますか?
私は自分の意思が揺らいだり
自信が無くなったら
その度にこの言葉を自分に問いかけます。
解決方法なんてそんなものは
存在してない。
強いて言うのなら
子供が自分からヘルプを出してきた時
それに一つ一つ応えてあげること。
親がドンと構えて余裕を見せること。
飛び込んでも怪我をしないように
大きなクッションになること。
だから子供は安心して飛び込める。
道案内などする必要無い。
ってか、子供が歩むべき正しい人生の道を
親は絶対に間違わないように案内できるのか?
散々振り回された挙げ句
『あとはご自分でどうぞ』
と、私は親にやられた身である。
そんな経験をしたから
私は自信を持って言える。
道案内などできる能力もないくせに
そうやって中途半端に親が出しゃばるから
子供は道の途中で動けなくなる。
子供が自分で行こうとしている道を邪魔するな。
親はひたすら子供の後ろを見守れ。
親は守護霊のように。
子供にとって、親はそのくらいの存在。
親は親で自分が人生の崖っぷちにたった時
対応できるように
まず、自分のこと何とかした方が良い。
子供の道案内どうのの前に
自分は自分らしく堂々と
自分の道を歩いているだろうか?
子供は親の真似をする。
親の幸せを真似する。
まず自分は今、自分の思う道をどんな風に歩くか。
ウキウキワクワクして歩いているか?
不機嫌や不安ばっかり撒き散らして歩いていると
子供もそれ、真似するよ。
楽しく歩こうよ。
不安なりにも楽しくやっていたら
そのうち本当に楽しくなってくる。
それで良い。
何か問題ある??
子供が不登校になって
色々試行錯誤した
私の結論です。
ここまでお読みくださりありがとうございます😊