今回は、大食い
実は、歴史は以外と古かったりする
 
 
 
現在の大食いの先駆けとなったのは、1989年から1991年にテレビ東京で放送された『日曜ビッグスペシャル』の一企画として「全国大食い選手権」が放送されたのが始まりで、その後、『TVチャンピオン』や『フードバトルクラブ』などが放送された
しかし、2002年に愛知県内で中学生が給食を早食いして窒息死する事故が発生し、この影響で「大食い選手権」シリーズは、放送自粛を余儀なくされ、一切放送されなくなった
その後、安全対策を万全にした、と主張した上で2005年4月11日に「元祖!大食い王決定戦」のタイトルで復活した
 
 
しかし、この番組の遥か昔の江戸時代にも大食い大会は存在していたのだ
 
泰平の時代を謳歌していた江戸時代
数々の大食い大会が開催され、ブームといえるほど大人気だった
その数ある大会の中でも特に有名なのが、1817年(文化14)の大食い&大酒飲み大会
 
会場は、江戸の両国柳橋の有名料亭「万八楼(まんぱちろう)」
 
 
 
浮世絵にも描かれた料亭「万八楼」
『江戸高名会亭尽』「柳ばし夜景」歌川広重
 
この時の壮絶な大食いバトルの様子は、『南総里見八犬伝』を書いた曲亭馬琴らが編さんした珍談・奇談集『兎園小説(とえんしょうせつ)』や、幕臣・宮崎成身(せいしん)の雑記『視聴草(みききぐさ)』など多くの文献に記録が残されている
 
大会の出場者は胃袋自慢の200人ほど
部門は、菓子の部、飯の部、蕎麦の部、うなぎの部、酒の部で、出場者の身分は職人から農民、商人、武士と様々で、身分の上下関係なくただひたすら“胃ヂカラ”を競い合った
 
大食い大会の死闘を、江戸時代の絵師・榊原文翠(さかきばらぶんすい)が「大酒大喰会絵巻」という作品で伝えている
 
丸屋勘右衛門(56歳/神田在住)の記録
まんじゅう×50個
ようかん×7棹
薄皮もち×30個
お茶×19杯
 
 
三右衛門(41歳/三河島在住)の記録
ごはん×68杯
しょうゆ×2合 
 

 
鯉屋利兵衛(30歳/芝口在住)
3升入りの盃×6杯半 
 
 
など、記録も中々の強者揃いだ
 
 
と、泰平の世に生まれた食のエンタメ「大食い・大酒飲み」ブームは、ぜいたくを禁じる「天保の改革」により幕を下ろし、再び20世紀に大食いブームとして復活しているというわけだ
 
 
信じるか信じないかはあなた次第です‼☝
 
 
 
 
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