ミュージカル「キンバリー・アキンボ」劇評 | トシ・カプチーノ。 オフィシャルブログ Powered by Ameba

ミュージカル「キンバリー・アキンボ」劇評

 

ヒット映画やベストセラー小説など、知名度のあるコンテンツに拠る舞台芸術に比べて、独創的なオリジナル・ミュージカルはワンシーズンに一本あれば御の字。その過程はいばらの路で、着想から上演まで10年以上の歳月が過ぎていた、という話も聞くわけで、無から完成に導くまでの情熱を持ち続けるクリエーター達にホント三つ指ついてご苦労様と労いたい。  

 

そんな努力が報われて稀に大成功したオリジナル・ミュージカルの代表格と言えば「RENT」。あーでもない、こーでもないと、長い年月を経て陽の目を見たわけです。だから気の短い営利主義のプロデューサーからしたら時間と金がかかり、リスクの高いオリジナルを作るより、映画の舞台化やジュークボックス系をパッパッと制作するのが楽ちんなわけ!そんな中で、作シーズン珠玉の名作として注目を浴びているのがミュージカル「キンバリー・アキンボ」だ。

 

物語の舞台は現代のニュージャージー州。早老症に似た老化障害を持って生まれた少女キンバリーの容姿は老人だが、実際は間もなく16歳。家族と言えば、父はアル中。母は、キンバリーより生まれてくる不倫相手の第二子のことばかり気にかけている。さらにその家の自宅地下には図体も態度もデカい詐欺師の叔母が転がり込んでいるという悲惨な家族構成だ。そんな中で16歳以上は生きられないとわかっているキンバリーは様々な経験をしようと前向に生きている。

 

ちょっと待って!異常な速さで老化が進むウェルナー症候群がテーマでミュージカルというエンターテイメントが成り立つのォ〜というのが、当初の感想。異常なまでにコンプライアンスを気にする日本じゃあり得ない作品よね!?

 

小粒なオフ作品をブロードウェイ・ミュージカルの最高の栄誉トニー賞までに導いた面々は超一流のクリエイターたち。原作はデヴィッド・リンゼイ=アベアー。日本の芥川賞にも匹敵するあのしかつめらしいピューリッツァー賞から演劇界最高栄誉トニー賞までも受賞している劇作家。自ら手がけた脚本と作詞はリアリティがあり、全く無駄がない。また、作曲家のジーニン・テソーリの音楽は斬新、キャッチー、オリジナリティ抜群。ブロードウェイの枠を超えたバラエティに富んだ音楽で楽しませてくれる。

 

ブロードウェイの俳優の層の厚さにいつも感心させられるが、本作もしかり。台本あってのことだが、役作りが上手いブロードウェイ・デビューの俳優達に、いったい今まで何処に隠れていたのって言いたい。キンバリーを演じたビクトリア・クラークに至っては研ぎ澄まされた美しいボーカルは健在。女優として日本の女優に例えると吉永小百合というよりは、地味に脇役で作品を縁の下で支える倍賞美津子風だが、さり気ない芝居ながら、セリフの背後にある微妙な感情のひだが驚くほどリアル。 ブロードウェイの大御所だからオファーも多いだろうに、本作のような小規模なオフ作品に果敢に挑戦したことも凄ければ、その名演技が高く評価されてブロードウェイ進出後、大ヒットに導いたことも素晴らしい。それこそ役者冥利に尽きるだろう。

 

 

 

演劇評論家から絶賛の嵐を受けた本作だが、興行が軌道に乗り始めたのはトニー賞ミュージカル作品賞を受賞してから、それまでは赤字が続いていたようだ。しかし現在はほぼ満席(おめでとう)。ただ、どちらかと言うとオタク系のニューヨーカー好みの作品なので、ギンギラの衣装を着て、歌って踊ってハッピーエンドのミュージカルがお好みの貴方には不向きかもね。近い将来、ハリウッドで映画化、そして日本版ミュージカルも上演されるだろう。日本版のキンバリー役はロビンちゃんこと島田歌穂さんにお願いしたい。いや〜、ブロードウェイってミュージカルって、楽しいだけでなく、人生訓がいっぱい詰まった素晴らしいもんなんですね。