ブロードウェイ・プロダクション「M・バタフライ」 | トシ・カプチーノ。 オフィシャルブログ Powered by Ameba

ブロードウェイ・プロダクション「M・バタフライ」

 

やれ性的マイノリティーだのLGBTだのが日本でも人口に膾炙されてきているのを見るにつけ、んん十年も齢を重ねて、んん十年もブロードウェイの舞台を見続けてきた私のようなものには隔世の感がある。メディアやエンタメの世界では、一昔前まで「倒錯」とされた性愛の様々な形が認知され、それほどタブーではなくなってしまった。このほど再演となった「M・バタフライ」は、なんと29年も前に錯綜したジェンダーや人種問題を絡めた問題作として話題をさらいトニー賞など数々の受賞を果たした。

当時ニューヨークで活躍していた石岡瑛子氏も受賞こそ逃してしまったものの、美麗な舞台装置と衣装でノミネートされている。それが「ライオンキング」の爆発的ヒットでブロードウェイの寵児となったジュリー・テイモアの演出での再演。注目度は抜群である。  

 

 

 

 

この文革中の中国で実際に起こったスキャンダルを元にした物語の舞台は60年代の北京。中国駐在のフランスの外交官ルネ・ガリマールは、妻と共に北京のフランス大使館に赴任する。ある夜のこと、観劇に訪れたオペラ「蝶々夫人」の主役ソン・リリンに、ガリマールはたちまち心奪われ恋に落ちて愛人関係なるのだが、ソンは彼が思い描いたオリエンタル・ファンタジーの中の蝶々夫人であったのだ。  

 

 

脚本は「M・バタフライ」で一躍世界にその名を轟かせた戯曲家デヴィッド・ヘンリー・ウォン。初演版でトニー賞を受賞し、93年の映画化は世界的に大ヒット。美しさだけでなく、男が女を演じ、また、女でなければ愛する人から愛されないという難しいソン役をジョン・ローンが見事に演じた事は、今でも鮮明に私の記憶に残っている。 

 

 

外交官ガリマールを演じたのは燻し銀の大物ハリウッド俳優クライヴ・オーウェン。彼のリンへの恋慕は、あくまで異性愛者が幻想の女性を愛してしまうという難易度の高い役。そのチャレンジを見事に演じ切り、最大の見せ場では、顔を白粉で塗りたくり、京劇の役者のように目の周りの真っ赤にしながら、幻想の中のM・バタフライを追い続け、現実を否定し殉教するというシーンなのだが、残念ながら胸をえぐられるような悲惨な感覚には到達できなかった。また、その相手役、ソンに扮したのはブロードウェイ・デビューのジン・ハ。ソンが男だったというサプライズが、もはやない再演版で重要なのは性別を超越した役の深みと表現力だろう。しかしながら、男性的な骨格と顔のつくりが、女装にあっているかどうかの以前の問題で、役作りの希薄からか、ソンの妖艶さに翻弄されてガリマールが人生を崩壊させていくことがイメージし難かった。これでは手品の種明かしをされながら見るがごときで、感情移入は難しい。  

 

 

そして注目のジュリー・ティモア女史。観客のエキゾティックな関心を刺激するお決まりの衣装、京劇風音楽、踊りは用意されているのだが、舞台上ではせわしなく動く背の高いパティションだけが、えらい目だち、彼女の専売特許である、あらゆる要素を融合させたビュジュアル・ビューティはどこに?ティモア女史自身が、見た目の小細工よりも、現実の世界からかけ離れたこの戯曲を深く深く理解して、彼女の人となりの魂を投入していたら、公演中の失笑とも思える観客の反応はなかったのではないだろうか。20年近く、男を女と思い込み、愛し続けた悲劇の男の純粋な愛やその繊細な感情を引き出す演出とは言い難かった。本公演は予定を6週間切り上げ、来年1月14日に閉幕することが決定している。