ミュージカル「ウエイトレス」ブロードウェイ版の劇評 | トシ・カプチーノ。 オフィシャルブログ Powered by Ameba

ミュージカル「ウエイトレス」ブロードウェイ版の劇評

 

瑞々しい新緑が萌え出すこの季節、ブロードウェイでは今年も新作の開幕ラッシュが本格化。そんな中5月3日にはトニー賞ノミネーションが発表されました。今シーズンは、斬新な切り口でアレクサンダー・ハミルトンの生涯を描くオリジナル・ミュージカル「ハミルトン」のブッチ切りの大本命!と言われてますが、他にも個性豊かな力作も続々と開幕しています。その一つが、2007年公開の同名映画を舞台化した「ウェトレス〜おいしい人生の作り方」なのです。

 

 

注目していただきたいのが、主演女優ジェシー・ミューラー。全く無名だった彼女は、昨年、世界的なソング・ライター、キャロル・キングの自伝ミュージカル「ビューティフル」の主役に大抜擢され、圧倒的な強さでトニー賞主演女優賞を受賞。一躍スターダムにのし上がったシンデレラ・ガールなのです。そんな旬な人をプロデューサーたちが放っておくはずがありません。「ビューティフル」の降板から1年足らずで、今シーズンのミュージカル「ウェトレス〜おいしい人生の作り方」のヒロイン役として再登場したのです。

 

 

 

ミューラーの役どころは、アメリカ南部の田舎街の小さなダイナー(レストラン)で働くウェイトレス。パイ作りの天才として評され、同僚と楽しく仕事をしている毎日なのだが、私生活では暴力的で嫉妬深い夫に自由を奪われている。そんな夫婦生活に耐えられず、パイ作りのコンテストで優勝し、それで得た賞金を手切れ金にして夫から逃げようと準備を進めていた。そんな最中、望まない妊娠が発覚する。

 

 

スタイル抜群でセクシーなブロードウェイ女優とは対極にあるミューラー。ちょっと太めの足。よく言えば素朴、悪く言えば野暮ったい感じの 庶民体型で、とりたてて美形でもない、何が一体彼女を舞台上で輝かせるのでしょうか? それは唯一無二の愛くるしい笑顔とキラキラ・オーラ。彼女の所作、舞台上での佇まいが、観る人を心底ホッと和ませるような空気を作り出しています。こればっかりは持って生まれた、天賦の才としか言いようがありません。さりながら、彼女さえ配役すればどんなミュージカルでも大ヒット間違いなしなのか?って世の中そうは簡単に問屋が卸しません。

 

 

作詞・作曲は、2007年「こんなハズじゃなかったラヴ・ソング」が米ビルボードで1位を記録した気鋭のシンガーソングライター、サラ・バリレス。キャロル・キングの音楽と被り気味で既視感が否めませんが、ポップとカントリーを融合したサウンドは、「レ・ミゼラブル」や「シカゴ」などの典型的なブロードウェイ音楽を聴き慣れている人には新鮮でしょう。

 

 

ミュージカルの要である脚本。小姑根性で重箱の隅を突かせていただくと、ヒロインのジェナが、なぜ暴力的なダメ男と結婚に至ってしまったのか、また妊娠した女性が、出会ったばかりの産婦人科医の男性と男女の関係になるところなど、あまりにも唐突なストーリー展開に疑問が残るばかりなのです。

演出は、日本人とアメリカ人のハーフ、ダイアン・ポーラス。過去には「ヘアー」、「ピピン」の演出を手掛け、大ヒットに導いたリサイクル・ミュージカルの達人です。「ウェトレス」では女性ならではの視点でわかりやすく描かれてはいるものの、ポーラス女史の専売特許である先鋭的な演出に欠けているため、舞台芸術的な観点では及第点というところでしょうか。

 

 

ジェシー・ミューラー演じるシングル・マザーの力強い生き様を描いた作風には共感します。おそらく多くの女性の心を掴み、指示されることは間違いないでしょう。しかし、音楽、脚本、演出の調和が今ひとつ。残念ながら観劇後にどっと押し寄せてくるような感動に浸れないのです。加えて「ビューティフル」の二番煎じ的な部分もあり、傑作とは言い難く、ロングランは難しいでしょう。とはいえ、「 ビューティフル」で一世を風靡したミューラーのその後の活躍ぶりを目撃したい!と切に願っているあなたは、是非劇場へ足を運んでください。