ブロードウェイ・ヒットの芝居「ザ・ヒューマンズ」劇評 | トシ・カプチーノ。 オフィシャルブログ Powered by Ameba

ブロードウェイ・ヒットの芝居「ザ・ヒューマンズ」劇評

連日連夜、多くの日本人が、夢と期待を抱いてブロードウェイへと繰り出す。 私も非力ながら、そんな皆様とブロードウェイをつなぐ端緒となるべく、様々な作品紹介をしてきた。 そんな中、観劇で一番の問題はやはり言葉。 かなりの語学力持ってしても、ウィットに富んだ言い回しや言葉遊び、時事ネタ、微妙なニュアンスを嗅ぎ分けて、そこに込められた、暗喩、皮肉、ユーモアを自在に堪能するというのはハードル高し! 何が悲しいって、周りがドッカン、ドッカン大ウケしているのに自分だけが笑えなかった時の、もどかしさ、歯痒さといったら! そんなこんなで、自然と単純明快、勧善懲悪、起承転結がはっきりしていて、できればドタバタ演技でユーモアもわかりやすい、それでも面倒なら、エイヤッと歌と踊り主体のレビュー的ミュージカルに決めたっ、となってしまうのも致し方ない。   

 

そこを今日はあえて紹介するのは、重めのストレート・プレイ「ザ・ヒューマンズ」。お気楽にスカッと楽しむというわけには行かないが、きっと観てよかったと思っていただける優れた作品だ。  本作は、昨シーズン、最も注目されたストレート・プレイでトニー賞芝居部門で最優秀作品賞を受賞した傑作。 無駄のない、メリハリとサスペンスに満ちた脚本と演出に、俳優たちの卓越した演技力が見事に溶け合って、観劇後に頭をガツンと叩かれたような感動と芳醇なワインの良い心地の世界に皆様を誘ってくれる。  

 

 

 

 

 

 

 

舞台はニューヨーク・チャイナタウンのうらぶれたアパート。ある家族の次女とその恋人が暮らしている。そこに、フォラデルフィア郊外で暮らす両親と長女が認知症の祖母連れて訪問し、サンクス・ギビング(感謝祭)を祝っている。しかし、食事中、二階の住人の部屋から床を叩きつけるような騒音が何度も聞こえたり、祝日にもかかわらず、地下のランドリー・ルームの洗濯機の轟音が部屋に響き渡るという散々なあり様。そんな中、家族はやがてそれぞれの人生の悲哀を語り始める。弁護士でレズビアンの長女は、長年付き合っていたガールフレンドに振られ、会社もクビ寸前。作曲家を目指す妹は大学の先生から才能がない言い放たれる。そして教師の父は同僚と不倫。それが学校にバレて解雇され、退職金も奪われる羽目に。妻は40年も勤めたあげた会社で、高学歴の新米社員に小間使いされることに辟易し、うつ状態だ。

 

一見、感謝祭という、アットホームに互いを労い家族愛を確認し合うべき祝祭が、とんでもない悲劇に転調していく様が描き出されていく。  脚本を手がけたのはトニー賞を始めニューヨーク演劇界の数々の受賞歴を持つ劇作家ステファン・カラム。アパートで起こる予測不能の不快な事態をメタファーとして、一寸先は闇の、将来への不安に恐れおののく家族を実にリアルに描いている。印象に残ったのは父が次女に放ったこの台詞「人生が嫌なのに、なんでオーガニック野菜のスムージーを飲みまくり長生きする必要があるの?」。登場人物の言動も実に示唆と刺激に富んでいる。  様々なハンプニングが起こるたびに場面が急展開し、効果音と巧みな照明で観客の好奇心を鷲掴みにしたまま、最後まで息もつかせず見せたのは演出家ジョー・マンテロ。ニューヨークのありのままの姿を表現。昨今の大変動時代にニューヨークで暮らす者にとって身につまされるシーンの連続に、観ている側も凹みっぱなし。  

 

 

 

 

妻役に扮したのは知る人ぞ知る名脇役、ジェイン・ハウディシェル。私が最も好きなブロードウェイの女優だ。日本で言えば、菅井きんさんだろうか。間の取り方は絶妙。何気ないジョークでも観客を爆笑を誘う様は技あり!古典落語の名人芸にも通じる実に味わい深い演技派だ。  

 

 

 

 

 

人間が一番恐怖を抱くのは、オバケでも宇宙人でも温暖化でもテロでもなく、実はすぐ隣り合わせの貧困と格差。ハイテクが社会を変え、今までの仕事を消滅させ、一層先鋭化高度化させていく。それについていけない人間は容赦なく見捨てられる。過去の米国史になかった事態にアメリカ人が翻弄されている現実をこの芝居を通して垣間見ることができる。全く救いのないエンディングゆえに落ち込みこと必至だが、芝居は必ずしもめでたしめでたしが鉄則ではない。現実逃避の要素が欠かせないと思う方にはオススメできないが、アメリカの家族の現実を知る意味では大変興味深い芝居だ。公演は2017年1月15日まで。