土曜日のスタジオにトランクを引きずりながら現れた僕をスタッフの大半は「二度見」した。あるものは指をさして笑い、あるものは僕の存在をそこにいつの間にかおいてある何かの賞のタテの様に無視し、あるものは僕の行動に賛同した。
そう、その日から僕は二泊、星の村に「星探しのバーベキュー」に行く予定だったのだ。もちろん、放送局に毎日のように身をおく僕が台風情報を知らないわけがない。しかし今年の四月から一度も連休などなかった僕が、この日にかける意気込みは5位をねらう楽天のそれの比ではない。鼻息が荒い僕に当初、日~月の一泊だったのに、タンクスの塩塚さんが前日にまえのりしようといってくれ、画家でもあるアーティストディレクター吉村氏も賛同し我ら有志三人、塩塚ファミリーと共に土曜日からのりこむつもり・・・・・・だったが台風には勝てず、塩塚邸で宴会。
その日は前のりチームで翌日はバーベキューに参加予定だった15名程度で宴会ということになった。さすが社長!(塩塚氏はタンクスの社長である)
初日、シャチョー(塩塚氏のこと)と僕は生放送のあとすぐさまシャチョーの運転するワゴン車に乗り込んだ。行く先は僕の劇団事務所、まずは頂きもののお酒少し拝借するミッションが僕にあたえれた。事務所につくと幸い、この日唯一出勤していた生田が接客中だった、そのすきに僕は台所から酒を持ち出そうとした、そのとき事務所のミーティングテーブルの上にワインやシャンパン、焼酎が並べられていた、びっくりして生田を見ると接客しながらも親指をたて、軽くウィンクをした。彼が心なかで「グッドラック!」と囁いたのがわかった。「サンキュー」僕も心で返して事務所を後にした。「ありがとう生田!楽しんでくるね。」僕は心に誓った。
それからいつもお世話になっている「肉のたまや」さんで鴨鍋用の肉を買い、さらにぴり辛チキンを買おうとすると大将が「買う必要はないぜ、持っていきな!」といって一パック渡してくれた。「ありがとう大将」僕はまた人の情にふれ目頭があつくなった。
そして、その夜は芝居のDVDや吉村氏が持ってきた昔テレビ映画のオープニングばかりが並べられたビデオをまるで初めて親に内緒で友達の家に泊まる女子中学生のようにはしゃぎながらワイワイとすごした。
そして翌日、夕方集まる仲間のために僕らはトリアス久山のコストコに向かった。だんだん雨が激しくなっていったけど僕らにはそんなことは関係なかった。2時過ぎには各交通機関運転見合わせの情報が入ったが僕の心はおどっていた!シャチョーの携帯には次から次に参加キャンセルの連絡が入り結局、塩塚邸にきたのは相方のアベチャンだけだったけど自分達の求心力のなさをだれも責めなかった、台風でシャチョーのパイプ式のガレージはグチャグチャになり玄関の戸は開かなくなり天井の壁から土が落ちて、シャチョーの子のユミタンは泣き叫んでいたけど、そんなことは連休を楽しんでいる我々には小さなことだった。帰りのタクシーはいくら呼んでも、来なかった・・・・というよりタクシーも運転を見合わせるくらいの台風だったが我々は連休を満喫した。
楽しかったなあ!
一応、一言記しておく
「・・・・台風のバカ」
そう、その日から僕は二泊、星の村に「星探しのバーベキュー」に行く予定だったのだ。もちろん、放送局に毎日のように身をおく僕が台風情報を知らないわけがない。しかし今年の四月から一度も連休などなかった僕が、この日にかける意気込みは5位をねらう楽天のそれの比ではない。鼻息が荒い僕に当初、日~月の一泊だったのに、タンクスの塩塚さんが前日にまえのりしようといってくれ、画家でもあるアーティストディレクター吉村氏も賛同し我ら有志三人、塩塚ファミリーと共に土曜日からのりこむつもり・・・・・・だったが台風には勝てず、塩塚邸で宴会。
その日は前のりチームで翌日はバーベキューに参加予定だった15名程度で宴会ということになった。さすが社長!(塩塚氏はタンクスの社長である)
初日、シャチョー(塩塚氏のこと)と僕は生放送のあとすぐさまシャチョーの運転するワゴン車に乗り込んだ。行く先は僕の劇団事務所、まずは頂きもののお酒少し拝借するミッションが僕にあたえれた。事務所につくと幸い、この日唯一出勤していた生田が接客中だった、そのすきに僕は台所から酒を持ち出そうとした、そのとき事務所のミーティングテーブルの上にワインやシャンパン、焼酎が並べられていた、びっくりして生田を見ると接客しながらも親指をたて、軽くウィンクをした。彼が心なかで「グッドラック!」と囁いたのがわかった。「サンキュー」僕も心で返して事務所を後にした。「ありがとう生田!楽しんでくるね。」僕は心に誓った。
それからいつもお世話になっている「肉のたまや」さんで鴨鍋用の肉を買い、さらにぴり辛チキンを買おうとすると大将が「買う必要はないぜ、持っていきな!」といって一パック渡してくれた。「ありがとう大将」僕はまた人の情にふれ目頭があつくなった。
そして、その夜は芝居のDVDや吉村氏が持ってきた昔テレビ映画のオープニングばかりが並べられたビデオをまるで初めて親に内緒で友達の家に泊まる女子中学生のようにはしゃぎながらワイワイとすごした。
そして翌日、夕方集まる仲間のために僕らはトリアス久山のコストコに向かった。だんだん雨が激しくなっていったけど僕らにはそんなことは関係なかった。2時過ぎには各交通機関運転見合わせの情報が入ったが僕の心はおどっていた!シャチョーの携帯には次から次に参加キャンセルの連絡が入り結局、塩塚邸にきたのは相方のアベチャンだけだったけど自分達の求心力のなさをだれも責めなかった、台風でシャチョーのパイプ式のガレージはグチャグチャになり玄関の戸は開かなくなり天井の壁から土が落ちて、シャチョーの子のユミタンは泣き叫んでいたけど、そんなことは連休を楽しんでいる我々には小さなことだった。帰りのタクシーはいくら呼んでも、来なかった・・・・というよりタクシーも運転を見合わせるくらいの台風だったが我々は連休を満喫した。
楽しかったなあ!
一応、一言記しておく
「・・・・台風のバカ」