今日で平成が終るのだという実感が湧いてこない。
 昭和から平成へと変わった三十年前は、昭和天皇が崩御されたこともあって、涙が止めどなく流れ、一日哀しみに暮れたことを思うと、今回の時代代わりは呆気ない。
 今上天皇が未だお元気だと言うことが、涙する事無く過ぎていくのは解っていても、矢張り少し静か過ぎるような気がする。
 平成を自分なりに振り返って見ると、必ずしも自分史的には平成で無かった。人生山あり谷ありと言われるが、まさに山も谷もあった。
 いかし、平成史となると確かに大災害に阪神淡路と東日本大震災の二つの災害に見舞われ、その結果福島原発の放射能漏れ事故がい未だに大きな後遺症を残している。その他の自然災害を数え上げればキリが無いが、いつの時代も自然災害から遁れた歴史は無いので書き連ねる事は控えるが、大きな事件も多かった。例えば、オーム真理教事件だ。オーム真理教が世間に知られたのは松本サリン事件からであった様に思う。長野県の松本市で起きた事件は、まさかオーム真理教の信者が惹き起こしたものだとは県警も知らなかった。そのため一市民が濡れ衣を着せられ、マスコミも犯人扱いにした事は記憶に新しい。
 
 平成時代は、バブル崩壊によって日本経済に大きなダメージを受けた時代だと行って良い。バブルの発生は昭和の終わり60年頃から徐々に始まっていて、平成に入った途端に崩壊し始めていた。バブル発生の原因は、やはり行き過ぎた金融緩和だった。その引き金になったのは、対米貿易摩擦だった。当時のアメリカ経済はドル高によって輸出不振の不況に見舞われていた。時の大統領レーガンが日本の中曽根首相にアメリカ製品をもっと買えと半ば脅しを掛けてきた。その為に日本円が安すぎるせいでアメリカ製品が売れないとして、金融引締めを強要させられ円高不況と言われる状態に陥った。お陰でアメリカ経済は、レーガノミックスと呼ばれた経済振興策の効果もあって、景気回復を遂げていた。
 円高是正に日銀は大幅な金融緩和に舵を切り、大量に札びらを刷る続けることになる。最も金融緩和の恩恵を受けたのが不動産だった。それまで土地は価格の安定した財産であって、建物立てる目的で買う以外、値上りを目的に売買されるイメージは無かった。金融機関が貸し出しの担保として最も信用出来るものだった。地価は毎年徐々にではあるが上がるものだが、上昇速度は驚く程小さかった。
 それが一転して財テク目的で買われ始めた。数に限りがあるものだから忽ち価格が暴騰し始めた。それに呼応して、株価の上昇は凄まじかった。(下図)
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昭和49年のオイルショックの時も大きく上昇したが、それは狂乱物価と呼ばれた時代の産物だったが、バブルは明らかに人為的な政策ミスが引起した惨事だとも言える。日経平均株価は一時4万円近くまで上昇した。
 日本人は、「羹に懲りて膾を吹く」と言われるが、バブルは一時的に国民を熱狂させたが、蒙った損失は大きく、後々まで尾を引くことになった。国民は不動産投資で大損をし、株式投資で元も子も無くした。それ以後の国民は、「欲しがりません勝つまでは」では無いが、隠忍自重の日々を送ることに慣れてしまった。贅沢は敵とばかり消費を抑えたため、消費者物価は低迷を続け、経済成長率(GDP)は伸び悩んだ。
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平成時代がデフレの時代と言われるようになったのは、バブル崩壊の後遺症があまりに大きかったためである。