連続小説 「新緑 1994」 第10回 | darumaさんの詩(うた)

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 休日前夜。土田がアパートに帰ると電話に留守電が入っていた。

 

 「木下ですよ。土田さ~ん、生きてますか?大至急連絡ちょうだいね。」

 

 木下は林での後輩で、今は辞めた元営業部長と一緒に働いている。ともかく明るい男でいわゆる宴会部長タイプだ。性格は土田と正反対だが何故か土田を慕っていた。

 とりあえず電話をかけた。

 

 「久しぶりだな。元気かい?」

 「こっちはいつも元気ですよ。それよりも女紹介しろって言ってたじゃないですか。『唐沢寿明似のいい男紹介してやろうか。』って話したら、すぐ会ってみたいって言ってる女がいるんですよ。」

 

 冗談で言ってたに過ぎないのに、こいつは本当に顔が広い。

 

 「カワイイのか。その女。」

 「30歳だけど、見かけ若いっす。気に入ると思いますよ。信じてくださいよ。」

 

 人間を一杯のコップの水に例えると、必ず不純物が混ざった水だと考える。不純物だらけの奴もいるし、ほとんど無い奴もいる。変にかき回さなければ、表面の上澄みはきれいだ。不純物だらけであっても。下に溜まってわからなくなる。木下の言葉は土田をかき回した。

 

 木下から連絡先を聞いて、「一休」にほど近いカラオケボックス前で10時に待ち合わせをした。

 

 「みずえさん?」

 「はい。」

 

 少しはにかみながら返事をした。

 

 「どうも。土田です。」

 

 黒の上下のスーツだが服の上からでも体の厚みがわかる。太っている?いや筋肉がつきすぎてる感じだ。顔も悪くはないが髪もショートで男性ホルモンが多そうな感じ。例えれば「新人の女子プロレスラー」のようなルックス。

 

 カラオケして、アルコールも少々入って後は成り行きで。みずえが何を歌うのか興味があった。岩崎良美の「タッチ」だ。カラオケで「タッチ」を歌う女か。まあいいや。お互い大人でこの状況を望んだのだから。もう水はかき回されたのだ。たぶん今夜はアパートに帰ることはないだろう。

 

 土田は11時に目を覚ました。一瞬どこにいるか判らなかった。澱が溜まってるような、鉛の塊になってしまったような、ひどい疲労を感じた。小さな冷蔵庫とテレビだけの殺風景な部屋。ホテルのベッド。となりには向こうを向いて丸まって寝ている女がいた。感情というものが湧き起こらなかった。時間が停止してしまっている感覚。とりあえずシャワーを浴びて、みずえを起こし、彼女がシャワーを浴びている間、土田は二日酔いでもないのに洗面所で激しく嘔吐した。胃がキリキリ痛んだ。

 

 「食わずじゃなくて、食えずになっちまったか。」

 

 鏡の中の自分に問いかけた。

 

 「飯食いに行こうか。」

 「うん。」

 

 短い会話の後ファミレスに行った。

 土田はオレンジジュース、みずえはランチを注文した。

 お互い何も話さず、黙々と食事を済ませ、最寄りの駅まで送った。

 

 「じゃあ。」

 「ありがとう。」

 

 悟ったような、寂しげな笑顔で言った。

 これが最後の会話だった。

 もう二度と会うことはないだろう。

                         (つづく 次回最終回)

 

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