「情報によるクーデターのようなものを、政府の中にいる人間が行うことは、政権にとって厳しい話だと思わなければならない」
2010年6日午後佐賀市で講演した鳩山前首相の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件映像の流出に対する見解です。
今回の一件で個人的にはスカッとしました。先日のブログでは民主党の対応に一定の理解は示したものの、やはりいい気持ちはしていませんでしたから。
今回の一件はインターネットの新たな可能性の一面が見えたと思います。いままでは情報をリークする手段としてはどこかで集会やったり(素性がばれる・大勢に伝えられない)、マスコミにリークする(他人の意思が入る)しか手段がなかったわけですがインターネットという新たな手段によって通報者の安全を確保しながら通報者が直接国民に意思を伝えられるメディアが登場したわけです。
昔は安保闘争などがありましたが、ここ数十年そういった表だった活動がないので一部の知識人からは「こんなに元気がないと日本の行く末が心配だ」などといった評価を受けていました。
この件を受けて僕は元気がなくなったのではなくメディアの発達に伴い、主張の仕方が進化したのだと知ることができました。インターネットは国の形すら変える力をもちうるのです。
そう考えると今社会で問題とされていることが果たして本当に問題なのか考え直す必要があります。たとえばニート問題。ニートは「働きもせず親のすねをかじっている社会不適合者」という認識を数多くの日本人が持っていますが果たしてその認識は正しいのか。
仮にニートを「インターネットという家に居ながらあらゆることを可能とする媒体の登場によってそれに合わせて家からあまりでなくてもストレスを感じなくなった新しい人種」と考えるとむしろインターネットという革命的な媒体の登場に社会がついてこれていないだけなのではないかとすら思えてしまいます。
簡単に言うとインターネットを使って外出せずに就活、就職、出社(家で働く)するという形も可能なのではないかということです。
冒頭での鳩山前首相の発言は正しいと思います。鳩山前首相の真意とは違うと思いますが政府も何らかの形で変わらざるを得ない。
今回の映像流出で「時代も変わったな」と感じた方も多いでしょう。僕も今までは過去形で考えていました。ただ今回の一件で、まだまだ世界的な過渡期の真っただ中にいると認識を変えました。
おそらくこれからの二十年で人々のマインドから社会構造まであらゆるものが変化します。どういった形に行きつきのか目が離せません。