8日目です。現地では日曜日!そして昨日に引き続き、モンバサの旅に関して記したいと思います。ちなみに、日記にタイトルつけることにしました。ていうか何故最初からそうしなかったんだという感じですが・・・w


モンバサに到着、時刻は大体朝の6時。アシュリーの友達であるジェニー(確かジェニーだった気がする。w)との待ち合わせが1時だったので、死ぬほど時間が余っている^^;

ということで最初にミュージアムに行こうとするも、早すぎて開いていないのでレストランで軽食。その後再度ミュージアムへ。しかし入場料が800シリングとかなり高額で、俺はそんなにお金を持っていないので入場を断念。どうしようかと話していると、恒例の現地ガイドが話し掛けてきて、「500ドル2時間くらいでold townを案内してやる」とのこと。Old townとはモンバサで有名な観光スポットで、様様な宗派の人々が暮らしている町。読んで字のごとく、100~200年くらいの歴史のある民家やモスクが沢山あり、地球の歩き方には、イスラム教原理主義者の影響力が強く、早朝や深夜に歩き回るのは危険な地域と記してある。

 ・・・・早朝??

今早朝ではないか!!笑 ということで、金がない俺にとって500シリングとは結構な痛手なのだが、時間つぶすためにはold townを歩くしかないので、仕方なくガイドに連れて行ってもらうことに。

ということでいろいろとold townの中を歩き回ったのですが、ここであることに気づく。そう、モンバサってケニアでも有名な観光スポットの一つであるので、沢山の外国人を目にする。ケニアに来てこんなに白人を見たことはなかった。首都であるナイロビですら全然見ないのに、こっちでは結構な数を目撃する。街中を案内してもらっている最中もドイツ人の女の子3人が観光していたし、一部の土産屋では20~30人くらいの白人の女の子達がたむろっていて、修学旅行かこれは!!っていう感じでしたw

2時間程度街中をガイドに案内してもらったのですが、とりあえず建物が古いんですねー。前述したように建設から100年経った建物なんてざらで、何度ガイドに「take picture, take picture」といわれたことか。笑 とりあえず色々写真は撮ったものの、どれが何風の(例えばインド風であったりポルトガル風であったり)建物だったか忘れた。w

とまあそんなこんなで時間をつぶし、やっとこさアシュリーの友人であるジェニーとの合流。彼女は中国出身なんですが、3歳のころからアメリカに渡航したまんまなので、中国語は喋れない女の子とのこと。そんな彼女なんですが、まあまあ英語の流暢なこと。そして話すのが早いこと早いこと。^^; 正にこれがネイティブか!!って感じの早さw 勿論何言ってるか意味不明ですよね、俺にとっちゃw

合流後昼飯を3人でとったのですが、そこでジェニーの友人である白人の老人に遭遇。彼女とその白人老人は恐らく仕事の事に関して何か喋っていたんだとは思いますが、全く聞き取れず。w ここまで聞き取れなかったのはTOEFLのリスニングテスト以来だ。苦笑

アシュリーもかなり英語ができる女の子なんですが、ネイティブほどではない。でも彼女は着いていけてました。特に難なく。だから俺だけ何言ってるか全くわからない!!笑 笑い事じゃないんですけどね。でもわからないものはわからない。俺がもっと英語ができていれば、彼女達の会話を聞けたし貴重なコネクションができたかもしれないのに・・・。残念。

とまあ軽い挫折を味わった後、その後もっと大きな挫折を味わうことになるのですが、現地の「トゥクトゥク」と言われる乗り物に乗り、無料のフェリーを乗り継ぎ、シェリービーチへ。フェリーからホテルまでマタトゥーを乗ることになったんですが、ここで軽い事件発生。なんと50シリングも料金をとるっていうんですよ。ナイロビでも、いくら高くても30シリング以上は払ったことないので、明らかにぼっただと俺ら3人は思って勿論抗議するわけですよね。ですが、どうやら他の乗客に聞いてみたところ、フェリーからのマタトゥーは他のと比べて移動距離がとても長いので、みんな一律で50シリング払っているとのこと。よく見ると現地の人もみんな50シリング払っているんですよねー。でもまさか移動距離によって料金が変わるなんていうシステムがケニアにあるとは。ナイロビのマタトゥーの料金制度は基本的にいいかげんで、チャールズが朝や通勤後の夜は料金が高くなると言っていたのですが、朝TNに行くときにボブと一緒にマタトゥーに乗った時、30シリングを要求されたので朝料金だろうと思って俺が払おうとしたら、ボブが「今までそんな高い金を払ったことはないぞ」と抗議し始め、結局20シリングで乗れたという。しかも20シリングで乗った別のマタトゥーに翌日乗ったときに試しに10シリング出したら乗れたりとか、料金のシステムが定まっていない。だから俺はもう最初に10シリング出して、足りないと言われたら払うことに決めた。笑


とまあ話はそれましたが、そんなこんなでホテルに到着。ビーチへ。


そのシェリービーチなんですが、とても綺麗で、多くの外国人が訪れていました。海外の海やプールでは絶対に泳ぐなといわれていたので、水着を持ってきてなかったんですねー、俺。これが失敗。海も全然冷たくなくて、見た感じとても入って体調を崩すような海水には見えない。でもまあ後悔しても持ってないものは持ってないですからね、仕方なく俺は半分くらいまでジャージを捲って、海沿いを散歩してました。


ホテルに帰って、何繋がりかはわからないがジェニーの友人3人と合流。そしてみんなで晩飯を食べることに。

そう、ここからが挫折なんですよ。。。w


今日の日記の題名を見て気になった方もいるかもしれませんが、そう、「グローバルリーダー」とは正に彼らのことだったんですね。

それもなぜかというと、ネイティブのジェニーの友人ですからね、そりゃ3人とも英語ネイティブなんですよね^^; しかも国籍が物凄く多様で、韓国、台湾、オランダ?の3人。そしてアシュリーとジェニーの中国人2人に、日本人は俺。みたいなw最初ジェニーとその友人が4人で会話してたんですが、全っっっっっっっく聞き取ることができない。早すぎて意味不明、1秒たりとも会話に加われない。インターンハウスの中国人3人とか、街中のガイドとかの英語は少しは聞き取れるようになっていたので、「案外いけるじゃん」と思っていたのが間違い。苦笑 英語が堪能なアシュリーですら「ついていくのが難しい」って後で言っていた程ですからね、俺にわかるわけがない。笑 ジェニーら4人が話していたことに関してちょっと説明してくれたんですが、どうやらみんなマイクロファイナンス的な仕事をしているらしく、どうやったらケニアの現地に雇用ができるかとか新しいビジネスがどうかとかを話しているらしい。途中途中の話とは全く関係ないジョークとかだと少しは理解できるんですが、大事な本題に関しては完全に蚊帳の外。日本語であるならばついていくことはできるのですが、(あたりまえだ)如何せん英語だとバックグラウンドを知っていたり、俺が知識あることに関しての話題じゃないとついていくのができないんですよね。彼らの会話の途中途中の単語は拾うことができるんですが、それを繋げて訳してもよくわからないし、追いつかない。本当に意味不明状態。wおまけに「中国、韓国、台湾、日本」とこれからアジアを牽引していく国の人間が集まって、俺が何も理解できないし発言できない。そりゃ打ちひしがれますよね^^; 

思ったのが、日本の学生が英語の勉強にひーひー言いながら時間を費やせば費やすほど、彼らのような人材から引き離されて行くということ。彼らは英語がわかるから、他に割くことができる。だからシェリーはフランス語も話すことができるらしいし、恐らく他の3人もそうなんでしょうね。

海外に出て現地のためにビジネスを起こしたりしてやっていく、っていうのはまさにアイセックが生み出そうとしている「グローバルリーダー」がすることですからね。ある程度海外にいったことがあるというものの、こういうネイティブと密な時間?をすごしたことなんて今までなかったので、世界の広さを実感しました。日本人の学生は日本内で閉じこもって日本語で世界について語っているが、彼らのような人材は、異国の地で異国のために働き、母国語ではない言語でしかも異国の友人と世界について語っている。そりゃー日本が遅れをとるわけですよ。

とまあこんな経験をし、自分の英語力の低さに絶望した一日でした。苦笑

まあでも下を向いていても始まらないですからね、これから英語を頑張って上達させていくしかないですよね。頑張るしかない。


七日目です。

これ書いてるのは実は二日後の夜なので、正直あまり覚えてないですが・・・w


とりあえず今日は学校に行く前に、ボブに付き添ってもらって週末のモンバサに備えてマラリアの予防薬を購入し、そして終に電話番号とモデムを購入しました!!これで現地で何かあったときに電話できるし、ケニアでコンタクトをとりたいと思っていた人とも連絡がとれる!!そして何よりいつでもネットが使える!!!!てことで定期的に更新していくことができるようになります。多分。コンセントがあればね。前にも言ったと思うけどこのlaptop古いから、充電しながらじゃないと使えんのよねー。。。それが不便や。あ、ちなみにコンセントって英語で「socket」って言うんだって。こっちで覚えたプチ知識?w

2時間近くかかってしまったのですが、付き添ってくれたボブには感謝感謝。長く付き合わせてしまってゴメンと彼に謝ったら、「大丈夫大丈夫、遅刻の言い訳ができてうれしいから」と言ってましたwww不真面目ボブww


その後は研修先に行って、子供たちとサッカーしてきました!めっちゃ疲れたしにそうwしかも死ぬほど暑いし、日焼けした^^;

子供たち元気すぎて、多分いつまでたっても終わりにしないww軽く足つりそうになったし、(マジな話w)しかも靴擦れ起こしてちょっと足が痛いという最悪なコンディション・・・・

もう親父ですね。萎え萎えですよ。笑

でも子供たち凄く楽しそうでねー、サッカー好きなんだねー。日本のアニメを知らないくらいの貧しい子達なのに、マンUとか知ってたから、やはりサッカーの力は恐るべしって感じだね。だから軽い小技の宿題を出して、来週また来ることを約束して帰って来ました。


そして帰ってきたら、中国人のアシュリーと一緒に夜行バスでモンバサへ!!

夜行バスなんて人生で一回しか乗ったことなかったんですが、まさかケニアで夜行バスを使うことになるとは・・・笑

バスの中ではアシュリーと色々な会話をしました。彼女中国人なのに英語が話せるので、ついていくのが大変ですが彼女の英語は聞き取りやすい。彼女にとって俺の英語は聞き取りづらいみたいだが・・苦笑

とりあえず色々聞いたんですが、まず彼女は中国政府に対して悪い印象は持ってないみたいです。そして、共産主義に関しては、中国に限って言えば適している仕方のない体制だといってました。もし民主制をとれば、13億人の人間がそれぞれの考えを表明することになって、それでは到底まとまらないだろうっていう理由です。また、日本に関しては全然嫌いとか思ってないみたいです。(まあそうだろうな)彼女も言ってたんですが、若者は比較的昔の人間と比べて「open mind」である。だから、彼女いわく「過去は過去、今は今で、わけて考えなければならない。だから私は別に日本人を憎んだりしない」といってました。驚きだったのが、先生の中には日本が悪く書かれている教科書を使うのを嫌がって、使わない先生もいるみたいなんです。中国の日本に対する反感って、半日教育の賜物みたいなもんですから、これを聞いたときはびっくりしましたね。まさか教育者の中にもopen mindを持った人がいたりするんですね。あとは、中国企業がアフリカ大陸をあこぎに食い荒らしているけどそれについてはどう思うとか聞いたんですが、聞き取れなかった&忘れてしまった^^;とりあえず結構際どい質問をしてました。w

逆に天安門事件についてはどう思う?とかも聞かれましたけどね。

勿論こんな硬い話だけじゃなくて、俺が三国志が本当に好きだとか、偽者のガンダムについての話とか、中国ではドラえもんとかウルトラマンが人気だとか、ジブリについて話したり、いろいろな話をしました。中国人の学生の話が聞けていろいろためになりましたよ。良い経験だった。


とまあ今2時なので今日は短いけど終わり。w




さて、ブログ6日目です。

実は今週の土日と中国人の友達と旅行に出かけていて、今はケニアのモンバサというところです。7日目の昨日に関する日記と、今日に関する日記は後ほど夜に更新します。まあ夜と言っても、日本にとっては多分7時くらいですがw




もうすぐ一週間ですね。まあでもまだ1/8ですからね、まだまだですね。先は長い。

前回は結構ネガティブな日記を書いて、はたして今日はどうしたんだろうと気にしていらっしゃる方もいるかもしれませんが、なんとかやってきました。授業は今日やってないんですけどね。でも大きく一歩前進しました。


とりあえず現地にはなんとかたどり着くことができたのですが、早速洗礼を受けました。マタトゥーに乗るのに20シリング必要なんですが、細かいお金はないので50シリング払ったわけです。そしたら、10シリングしかお釣りがこないんですねー。「ああ、来たか」と思いましたよ。勿論文句いいましたよね。でも一向に渡そうとしない。「別にいいじゃないか」とか言われ、俺が他の乗客に「こいつちゃんとお釣り払ってくれないんだけど」って訴えかけても、笑っているのみ。なんか見世物みたいになってる。まあでも引き下がるわけにはいきませんよね。ここで妥協したら相手も絶対つけあがるしまたやられるし、何より許される行為ではなかったので、徹底的に抗議しました。最終的には、「ケニアにはスラムの子供たちに授業をするためにきた」という言葉が効いたみたいです。5分くらいの交渉の末にやっと返してもらいました。勿論、「おまえらのために俺はきてやってるんだぞ」とか、そういう偉そうなことを言うつもりはない。頼まれてきたわけでもないし、自分で勝手に来たくてここに来たわけだから。でも普通に考えて、自分たちの国の貧しい子供たちのためにわざわざ異国からやってきた人間に対して、そういう仕打ちをするのはあまりにも失礼じゃないですか。それに、普通しっかりした社会であれば、こんな風に金を「騙し取る」というのが許されるわけがない。だから例え発展していないケニアの田舎の地域でも許されはしない。少々大げさだけど。たかが日本円で24円ですよ。でも、この24円には金額以上の価値があるんです。ただ単に「お金をとられるのが嫌だ」という思い以上にも、俺には色々な想いがあって抗議していました。


で、現地に到着したわけなんですが、俺が何をしたかというと、ボスのアリスに「俺はそんなに英語が堪能じゃないから、俺が何を考えているかとか、何をしたいかとか、そういうことをうまく伝えることができない。だから、紙に書いてみせるから、フィードバックをくれ」と提案し、昼飯や子供にあげる鶴を作りながら、2時間ほど時間をかけて提案書的なのを作成しました。

俺が昨日行ってみて思ったのは、英語もろくに喋れなくて聞けない人間が、現地で何年も教育をしているようなスタッフと混じって同じカリキュラムを使って教育をしたところで、お荷物になるだけだということ。仮に英語が堪能であったとしても、インターン生として日本から来た俺が何をすべきかということを考えたとき、やることは勉強を教えることではないと思った。何よりも、現地の教師と同じ教材を使って同じものを子供たちにインプットしても、意味がない。はっきり言って。何も意味がない。現地の先生が教科書を使いながらやればできる。教育者がしっかりしていなくて足りていないようなNGOであるならば、英語とか俺が教えるべきであるかもしれないが、正直言ってこのNGOの教育者はかなり洗練されている。ボスもしかり。

何故わざわざ俺が日本から来たのか。俺の教育スキル向上のため?そうじゃない。初めて昨日行ったとき、とりあえずやってほしいことは「inspire children」だと言われた。だから俺なりに子供たちをinspireするために俺ができる最善のことを考えたとき、やはり日本について教えるということが一番良いという結論に至った。日本について紹介することができるのは俺だけだし、何よりも「外を知る」ということが、子供たちのinspireにつながると思ったから。新しい情報や見聞きもしない、遠い異国のことについての生の情報って、子供たちにとっては新鮮以外の何物でもない。そういったfreshな情報を提供することこそが、俺がやらなくてはならないことだと思った。

だからこういうようなことを書いたら、ボスも俺の懸念などをすべて含めた上で理解してくれて、俺の授業を時間割に組み込むようにlocateする。と言ってくれた。だから、俺にとって大きな進歩である。これは、昨日言われたようにただ単に既存の枠組みの中で授業を向こうから与えられるという意味ではない。既存の枠組みを俺が変えて、違ったものを教えるという意味があるからだ。

とまあ以上のようなことを書いたんだけど、俺が書いたのはこれだけじゃない。主に3つ伝えたんだけど、今のはそのうちの1つに過ぎない。

もう一つ目は、「俺がもっと学びたい」ということ。だから、色んな現地のスラムの人と話したいし、HIVAIDS陽性の人とか、厳しいバックグラウンドを持った人とか、できるだけたくさんの人の話を聞きたいと思っている。勿論子供たちに何かを与えるために来たというのもあるけど、俺にとって今回のインターンシップは、アウトプットの場というよりはインプットという意味合いがとても強い。今日思ったのは、アイセックは出国前に「現地に何かインパクトを与える」という考えに固執し過ぎて、研修生の視野を狭めてしまっているということ。勿論、自分がいって何かをもたらすという意志は称賛に値するすばらしい志ではあるが、忘れてはいけないのが、自分たちはあくまで飛び入りの「部外者」であり、現地のことなんて何も知らない、取り立てて何の専門知識もないただの学生、しかもケニアのスラムの人たちとは全く逆の裕福な環境でぬくぬくと育ってきた、尻に殻を引っ付けた「甘ちゃん」であるということ。そういったことをしかと肝に銘じて、「学ぶ」という姿勢を決して忘れてはいけないと思う。気をつけてもらいたいのが、俺が意図している「学ぶ」とは、アイセックにおいて良く言われる「アウトプットする過程において学ぶ」という意味合いではなくて、学生として「0から学ぶ」という意味にいおいてであるということ。だから俺は、今回の経験でインプットした経験を、日本に帰国してから活かしていきたいと考えている。このNGOのボスであるアリスは精力的に慈善活動に取り組んでいて、このNGOを立ち上げて11年らしい。彼女は11年もの間、スラムの子供たちに支援をしつづけ、教育を行っている。だから、そんな経験をもつ彼女だから色々な人物とのコネクションがある。それを利用して、さまざまな人と話したいと書いた。だからアリスもこれに同意してくれ、色々なネットワークを使っていろいろな人にインタビューさせると言ってくれた。ビクトリア湖の近くにある彼女の故郷にも俺を連れて行ってくれると言っていた。

そして3つ目が、俺のできる限りのコネクションを駆使して、NGOのファンドレイズ活動に力を注ぎたいということ。俺はケニアのティカという都市でストリートチルドレンを支援するNGOを立ち上げた日本の女性、松下さんを訪問する予定だし、出国前に友人からケニア在住のJAICAの方を紹介してもらった。他にはケニアには日本大使館もあるから、そこに掛け合ってみたいとも思っている。だから、これらのコネを活かして、新しいコネクションを作るために団体や人物を紹介していただいたり、日本企業を紹介してもらうことにより、このNGOを支援するスポンサーを増やしたいと考えている。

今このNGOには本当に物資が不足していて、350人の子供たちに対して十分な食事と水を与えることができていない。生きていく上で不可欠なものを、提供することができていないのだ。使用している教科書や机、校舎やはたまた水や食料まで、多くは寄付に依存しているとのこと。俺がどこから物資は来ているのかと尋ねたら、「私が寄付を乞いに歩き回ってもらっている」とボスが言っていた。寄付がなければこのNGOはやっていけないのだ。しかも現時点でも、色々なものが不足し過ぎている。正に切羽詰まった状況。子供たちは生まれて一度も歯を磨いたことがない。一度もスラムを出た試しがない。ケニアの首都にすら行った試しがない。汚くて舗装されていない土を裸足で走り回っている。学校の制服もない。食べ物がない。水がない。このNGOが直面している最大のチャレンジは何だとボス聞いたら、「超過需要に対して過少供給であるということ」と言っていた。だから、「水を引っ張ってくるでもいい。歯ブラシを提供するでもいい。食料を提供してくれるスポンサーを見つけるでもいい。子供たちを一度街に連れていくでもいい。これらのうち一つでもアナタが達成できたら、それが本当に本当に本当に大きなインパクトを与えることになる」と言っていた。そしてこれが、今回のインターンシップにおいて正に俺が一番精力を注がなければならないことだと確信した。

子供たちの心をinspireすることは、正直簡単なのだ。彼らにとって俺が来ること自体がとても刺激的なことだから、子供たちを喜ばせること自体は物凄く簡単。一緒に遊びまわれば凄く喜ぶだろうし、折り紙で鶴を折ってあげるだけでも喜ぶだろうし、俺から話し掛けることでさえ彼らの喜びになる。ましてや日本のことに関して色々教えることなんて、どれほどの刺激になるであろうか。だから俺が今一番やらなくてはならないことは、彼らの環境をより良いものにするために、働かなくてはならないということ。ボスに言われて、俺が今回のインターンでやらなくてはいけないことが見えてきた。だから、こうやって今日、紙に書いて俺が思ったことをボスに伝えることができて、本当に良かった。一歩前進。すべてはまだまだこれからだけど。