日記17日目になりました。
さて、今日からインターン3週間目が始まります。
気付けば1/3は終えていますからね。うかうかしていられない。まだ何もしていない。
そして今日はなんとなく気分で冒頭に写真をのっけてみました。
左がインターン先のMara Children centerで、右がボス。
ボス怖っ。www
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さて、本日、いつやるかと思ってはいたのですが、ついにやらかしました。
前の日記でも少し書いたと思うのですが、TNまでの道のりが雨のせいで数日間ドロドロで大変な状態だったんですね。
でも、しばらく晴天が続いたために長靴を使わなくても普通の靴で(ちなみにこっちで履いている靴はフットサルシューズです。そう、蹴球でいつも使ってたやつ。笑)歩けるくらいに道が乾いていたんです。
そしたらですよ。事件は朝の行きの時に発生した。
もう大分10分間のスラム歩きも慣れたので、すいすいと目的地に向かって歩いていたんですが、たまに足のやり場に困る場所が現れるんですね。
いままで選択に間違ったことはなかったのですが、この日は家の玄関側から回ることに。
見た感じ、普通の平坦な道。「まあ、このままいけるだろう」と確かめもせずに足を踏み入れたのが運の尽き。
「ズボッ!!!!」
という音はしなかったんですが、見事に左足首まで全てが泥の餌食に。
3週間目しょっぱなにして、ついにやった・・・・・・・
左足が見たこともない色の泥で覆われ、そして右足と左足の重さが全く違う。泥のせいでw
TNは目と鼻の先だったのでこのままちょっと振り落として諦めて行こうか、もしくはそこで靴下まで全部脱いで全て振り落として行こうか迷っている時、側にいた若いあんちゃんが俺に声を掛けてきて、するとちょうどすぐ側に水が出てくる水汲み場的なものが。
「この水で足を洗え」
という意味だと理解し、「その場で洗う」を選択。
しかし最初にここで俺の頭に過ぎったのが、「水を使うのに金を払え」だとか言われないかということ。
最初は俺も疑っていて、どう出てくるか考えていたのですが、そのあんちゃんは特に何も言うことなく俺の靴を洗ってくれる。
綺麗に手を使いながら俺の靴の泥全てを落としてくれて、水で濡れてしまったものの、なんとか履けるくらいにまでは回復。
その後、特に俺に何を求めるわけでもなく、「Have a good day」と言ってくれた。
勿論俺もそれに答えて握手を求め、礼を言う。
こんなこと、日本じゃありえないですよね。
まあ、そもそも足が泥に浸かるなんてシチュエーションがありえませんが、仮にそういう状況に第三者として出会ったとしても、「あーあー気の毒に。」程度で終わりますよね。
わざわざ自分の手を汚してまで他人の靴を洗ってあげようなんて思いませんよ。
ケニア人の中でもやはり俺の財布をすろうとしたり、金をふんだくろうとしたりする人間はやはりいるんですが、でもこのように凄く親切なケニア人も沢山いるんですね。
俺のbuddyのチャールズだって凄く親切だし、日記に書きはしませんでしたが、JAICAの方とお会いする日にYa Ya centerに行くためマタツに乗っていた際、自分は降りる必要もないのに俺と一緒に降りてわざわざそこまで連れて行ってくれる人がいたり。
今日もこういうケニア人の「優しさ」に触れ、そしていつもこういう時に思うことが、なんでもかんでも最初は「何か裏があるのではないか」と疑ってしまう自分が嫌だということ。
実はインドネシアにスタツアに行った時も同じような経験をしました。
インドネシアは公用語が英語ではないので、一般の人はケニアのように英語を喋れないんですが、ある日タクシーに乗ったとき、英語を喋れるドライバーが。
凄くフレンドリーに色々と話し掛けてきてくれて、一般人には聞けない色々な貴重な質問をできたんですね。「ジハード」についてどう思うとか、日本のイメージはどうだとか。
とまあそんなこんなで楽しい会話の時間を過ごしたんですが、彼が道に迷ってしまったんです。
色々なところをさ迷い、地元の人に道を尋ねたりしながらなんとか目的地に。
結局タクシー代に迷って走りつづけた分のお金も払わなくちゃならなかったので、余分に料金を払うことに。
そんな時に俺の頭に過ぎった考えが、「わざとやったんじゃないか」ということ。
俺達に多くのお金を払わせるためにわざと迷ったふりをして、時間を稼いだのではないか、という風に思ったわけなんです。
今日もこんな風にインドネシアの時と同じように疑ってしまったわけなんですが、でもこれは実際問題、仕方のないことなんですね。
むしろ、途上国に特に単身で行っている場合なんて、そういう「疑う」姿勢を持たなければ直ぐに騙されてしまう。
自分は白人だしお金を持っていると思われるから、現地の人々はなんとかして多くのお金をとろうと思うわけですよ。
それにお金の問題に限らず、事実途上国という場では先進国の人間は危険に晒されます。物をひったくられる可能性だってあるし、女性ならばいつ襲われるかもわからない。
だから、気が張っているためにこういう風に疑ってしまうのは仕方のないことなんです。
でも、俺がいつも思うのは、今日の靴を洗ってくれたケニア人やインドネシアのタクシードライバー、道端でいつも俺に話し掛けてくる若いケニア人の連中、彼らに1%の悪気も無いかもしれないということ。
本当にただ純粋な「善意」とか、「好意」とかでやってくれている行為かもしれない。
本当にただ単に、日本人の友達を作りたいと思っているだけかもしれない。
もしそうだとしたら、こういう風に心理的壁を作って距離を置いていることって、物凄く勿体無いし寂しいことじゃないですか。
ケニアに無二の親友ができるかもしれない。かけがえの無い友人ができるかもしれない。
その可能性を、自分から断っているわけですからね。
それに、こっちは善意でやっているのに相手に疑われたりしたら、自分だったら良い気分はしませんよ。
でも残念ながら、以上のこと全てを頭で考えながらも、やはり一歩距離をおかざるを得ない。
自分にとって現地の人を本当に疑うことなく信用できるようになることは、相当難しい。
それは「発展途上国」と「先進国」という構造の縮図であり、抜き差しならない現前たる事実。
インドネシアのスタツアでメンバーに話をしたとき、俺はこういった。
「そういった善意の途上国の人を疑わざるを得ないこの環境が非常に歯痒い。だから、いつかそういう「疑い」のない世界を作りたい」
世界における格差問題は、南北間においても、南南間においても、今なお拡大している。
欺瞞に満ちたこの世界に、一体いつ「晴れ」は訪れるのだろうか。



