「さよなら渓谷(13)」の大森立嗣監督の新作。「さよなら渓谷」は、高校生の頃に暴行を受け人生を台無しにされた女性が、その男性を恨みながらも愛情を寄せていく複雑な心理過程を描いたサスペンスドラマで、真木よう子さんの素晴らしい演技が際立っていました。
今回の「光」も、幼少の頃に起きた忌まわしい経験を共有する3人の男女が、その記憶に縛られながらお互いの関係性や生き方にどう決着をつけていくかという物語で、ギラギラと照り付ける太陽の描写も含めて、「さよなら渓谷」と通じるものがあるように感じました。
一人ひとりの人物が、心に抱えた闇の中に〝光〟を見出そうともがき苦しんでいる姿を、緊張感を持って見つめている2時間強でした。テンポがスローなのと、最後も非常にすっきりしない後味の悪さが残る作品です。そこを覚悟してご覧いただく分には面白い作品かな、と思います。
過去の事件が結びつける緊張感のある3人の男女のドラマ
本作には三浦しをんさんの同名小説があるとのことですが、私は未読。映画の冒頭では、東京の離島、美浜島で暮らす子供たちの生活が描かれます。そこで起きたある事件によって、中学生の信之と美花、そして小学生の輔(たすく)は、ある〝秘密〟を共有するようになります。
本来ならその秘密は隠し通せるようなものではないのです。しかし、時を同じくして発生した大地震による津波が島のあらゆるものを流しさってしまい、偶然にもその秘密は辛うじて生き残った3人の記憶のなかだけの出来事になってしまうのです。
そして25年というとんでもなく長い年月を経て、信之と美花、信之と輔、輔と美花という3つの関係が再び動き出し、その〝秘密〟が彼らを過去の闇の中に、再び引きずり込んでいきます。そこから始まるドラマは、緊張感あって見応えがありました。
▼島を出た後、本当に久しぶりに出会う信之と輔
島から出た後も、ずっと彼らの心に巣くう闇の恐ろしさ
輔には、地震の日に漁で海へ出ていたことで津波から逃れ一命をとりとめたアルコール中毒の父がいます。その父が、輔が大人になった今でも暴力を振るっているのです。輔は、島から出ることはできたけれども、まだ島の呪縛からは解き放たれていないのです。
また信之は、結婚して幼い娘までいて、一見幸せそうな家庭を築いています。しかし、彼が家庭を見ていないことは妻にも分かるところであり、妻は寂しさを紛らわすためか浮気に走ります。信之は妻を見ずに、今もずっと美花を思い続けており、彼もまた島の呪縛に捉われたままなのです。
25年前に起きた津波は、彼らが起こした事件を含めて、島から全てを流し去ってしまったかのように見えます。しかし、島で育った彼らの精神性はいつまでも変わらず、彼らの心に出来た闇もまた決して消えたわけではなく、息を潜めているだけなのですね。
▼信之が自分に関心のないことを知り浮気する妻
島から東京へ飛び出した子供たちの分かりにくい人間像
津波の被害にあった後、3人がどのような人生を歩んできたのかは具体的には描かれていないため、想像するしかありません。結果として、信之は公務員になり家庭を築き、美花は女優になって成功を収めています。一方で、輔は危険な廃品スクラップの仕事に就いているのです。
映画の冒頭で描かれる美浜島での3人の生活が、25年後における3人のこういった姿に繋がっていくことを考えると、少年少女時代の彼らにどういった背景があり、どのような性格であったのかが、もっとしっかりと描けていれば、より感情移入できたのではないかと感じました。
特に、美花という少女は、男を狂わし意のままに操るような魔性の女でなければならないのですが、そこが弱いと思うのです。幼少時代は圧倒的に美花に関係する描写が不足しているし、大人になってからの長谷川京子さんが、惜しいかな、妖艶さ、悪魔っぽさが足りなかったような。
同じことが、信之と輔にも言えて、信之がどういう男であるのか、幼少から大人への繋がりが分かりにくいです。そして、子供時代に虐待を受けていた輔が大人になるにつれてどういう人間に成長し、信之との関係がどう変わっていったのか、25年という時間の重みが見えないのが残念でした。
▼島から出た後も美花を思い続けている信之
実は、この映画では(原作もそうなのだろうと思います)、信之の小さな娘が、妻の浮気中に変質者に悪戯をされるという話が出てきます。その話が、この作品全体の中で結構重たいのです。ここは、信之にとっては因果応報なのでしょうが、見ていて非常に辛いです。
本当にどこまでも救いようのない暗い内容で、観ていて大変エネルギーが要ります。また、ドラマ展開も決してスピーディではなく、キャストの演技も含めてじっくりと見せていくタイプの作品ですので、それなりの辛抱と覚悟を持って鑑賞いただくことが必要になるかと思います。
あと、ジェフ・ミルズ作曲のテクノ音楽が何かと話題になっている本作ですが、私はちょっといただけなかったです。これ見よがしに鳴り響いたりするのですが、凄く違和感があるのです。作り手としては、その違和感こそを狙っているのだとは思いますが、こけおどしにしか思えませんでした。
キャストでは、瑛太さんが素晴らしかったですね。あれだけの感情の起伏を出せるなんて。最近観た「ミックス。」とは全く異なる役所ですが、危なさと同時に、弱さと優しさを持っていて、〝最後はああなるしかないか〟と観客に納得させる見事な演技だったと思います。