ロンドンで映画館を経営するヴァーロック(オスカー・ホモルカ)、その妻であるヴァーロック夫人(シルビア・シドニー)、そして彼女の弟であるスティービー(デズモンド・テスター)。さらにヴァーロックの動きを見張る刑事テッド・スペンサー(ジョン・ローダー)が主な登場人物です。
冒頭、破壊工作によってロンドン市街が大停電になり、映画のチケットを買っていた観客が返金をもとめて窓口に殺到するところから物語が始まります。
余計な説明を抜きにして事件をいきなり描き、映画館主が破壊工作員であること、夫人はそのことを何もしらずにいること、そして夫人には少しそそっかしい弟がいることを端的に、観客に理解させます。
ここから先は、いつものヒッチコック映画で、転がるようにドラマが進んでいき、75分の間、映画ならではの語り口の面白さを堪能させてくれます。
食事のシーンが何度か出てきますが、実は大切な伏線にもなっているのですね。
(以下、ネタバレありです)
サスペンスとサプライズ
ヒッチコックはフランスの映画監督であるフランソワ・トリュフォーとの共著「映画術」のなかでこの2つの違いについて語っていますが、「サボタージュ」では、その演出の違いを見事に感じさせる有名な場面があります。
サスペンス演出で有名な場面は、ヴァーロックが自分の代わりに甥のスティービーに時限爆弾をロンドンの繁華街であるピカデリーサーカスに運ばせるところです。
ここは、街を行くスティービーの姿、1時45分にセットされた時限爆弾の入った映画フィルムのリール缶、ロンドン市内にある時計の3つが交互に映し出され、刻一刻と迫る爆発の恐怖で手に汗を握ります。サスペンスの出し方としてお手本のような編集です。
一方、サプライズ演出。
爆弾によって弟を失ったヴァーロック夫人が、失意の中で夫と食事を始める場面です。ここは、ヴァーロックだけが一人饒舌になっていて、夫人はずっと黙っているのですが、その視線がテーブルの上のナイフに注がれ、何かが起きそうな緊張感が続きます。
そして、ヴァーロックが席を立って夫人に近づいて行き、二人の立ち姿のバストショットになるまでがワンカットで描かれた瞬間、夫人がヴァーロックにナイフを突き刺します。
ここでは、夫人が手にもったナイフを画面に見せずに、ヴァーロックが「あっ」と顔を引きつらせることで観客は瞬時にして何が起きたかを理解するのです。
本作は途中で健気な子供が爆発に巻き込まれて死んでしまうという悲劇が描かれるため、後半は重たい雰囲気になります。
しかし、だからこそテロが世界中で起きている今という時代に観ても違和感がなく、返ってリアリティが生まれているように思います。
あと「サボタージュ」で面白いのは、当時のロンドン市街の様子をキャメラが撮らえていることですね。車とバスとタクシーで大渋滞を起している道路、多くの人で賑わうステーキレストラン、道路工事を行う労働者たちの姿、映画館で映画を楽しむ人たちの様子など。
特に、本作ではディズニーのシリー・シンフォニーシリーズから「誰が殺したクックロビン」が流れていて、これがヴァーロック夫人の感情を不安定にする重要な要素になっています。なお、映画の冒頭のクレジットでもウォルト・ディズニーに感謝の意が述べられています。
ラストは、ヒッチコックの「恐喝(ゆすり)(29)」に似ているのですが、ヒロインが犯罪を犯してしてしまったにも関わらず、それを刑事が無かったことにしてしまうため、後味は今一つスッキリとしないです。