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「人としての在り方」

私は子どもたちによくこの言葉を伝えます
では、人としての在り方とは何なのでしょうか

挨拶をすることなのか
感謝を伝えることなのか
約束を守ることなのか

もちろんそれらは大切です

しかし、それらは在り方から生まれる行動であって、本質そのものではないように思います

人としての在り方とは 

誰かに見られているから立派に振る舞うことではなく

誰も見ていなくても自分が信じる正しさを貫こうとすること

私はそう考えています

そして子どもたちを指導していると
人としての在り方について考えさせられる場面がたくさんあります

試合に負けたとき
思うようなプレーができなかったとき
仲間とぶつかったとき

そんなときに子どもたちの本当の姿が見えてきます

それは子どもだけではありません

私自身も同じです

思い通りにならないことがあったとき
誰かに誤解されたとき
努力が報われなかったとき

そのときにどんな言葉を口にするのか
どんな態度を取るのか

人としての在り方は、そういう場面で試されるのだと思います

人生は理不尽です
努力しても結果が出ないことがあります
正しいことをしても評価されないことがあります

それでも腐らずに歩み続ける
それもまた人としての在り方なのでしょう

子どもたちには立派な選手になってほしいと思っています
しかし、それ以上に立派な人になってほしいと思っています
 
そしてその言葉は
本当は自分自身に向けている言葉でもあります

私は感謝を伝えられているだろうか
私は人を敬えているだろうか
私は失敗を人のせいにしていないだろうか
私は子どもたちに見せても恥ずかしくない生き方ができているだろうか

人としての在り方を語るのは簡単です
しかし実践することは難しい

だからこそ私は子どもたちに教えているつもりで
実は子どもたちから教えられているのかもしれません

子どもたちに成長してほしいと願うなら
まず自分が成長しなければならない

子どもたちに努力を求めるなら
まず自分が努力しなければならない

子どもたちに感謝を求めるなら
まず自分が感謝しなければならない

矢印を外に向ければ不満になる
矢印を自分に向ければ成長になる

最近、そんなことをよく考えます

人としての在り方とは
誰かを評価するための物差しではなく
自分自身を見つめ続けるための鏡なのかもしれません

だから今日もまた
鏡に映る自分に問いかけながら
少しでも成長できる一日を積み重ねていきたいと思います。