• タクシス家(正式にはドイツ語で Thurn und Taxis)は、郵便事業を通じて富と権力を獲得したヨーロッパの貴族一族です。ドイツ歴史探訪+2レファレンス協同データベース+2

  • 中世以降、神聖ローマ帝国あるいはハプスブルク圏で皇帝の郵便網を運営・管理する役割を担ったことが知られています。ドイツ歴史探訪+2レファレンス協同データベース+2

  • タクシス家の郵便事業は時代とともに制度変化・国家統制によって縮小・解消され、後には純粋に貴族としての存在となった時期もあります。Caramel 24 Carat+1

  • このような実在の歴史を背景に、「影で世界を動かす陰の支配者」などというストーリーが、オカルト・陰謀論の文脈で語られることがあります。

 
 

郵便事業買収・廃止の経緯

19世紀前半まで

  • タクシス家は「帝国郵便総長(Generalpostmeister)」としてヨーロッパ各地の郵便事業を事実上独占。

  • しかしナポレオン戦争後、各国が郵便を国家事業として掌握する流れが強まり、タクシス家の郵便網は徐々に縮小しました。

帝国郵便 - Wikipedia

帝国郵便はイタリアベルガモ飛脚を始まりとする。13世紀からイタリアでは飛脚による通信が発達していた。15世紀の神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世 は飛脚問屋の中で頭角を現してきたタシス家を召し抱え、続くマクシミリアン1世カール5世はタシス家の郵便網を帝国全土に広げた。

オランダ独立戦争により郵便網は一時的に麻痺するが、皇帝ルドルフ2世が郵便事業を皇帝のレガーリア(大権)として再建した。これが神聖ローマ帝国の帝国郵便である。経営は引き続きタシス家が行い、1615年に郵便事業はタシス家のレーエン(封土)となった。1648年ヴェストファーレン条約以降、帝国郵便は領邦郵便と競合したが皇帝の保護の元で存続した。1650年タシス家は家名をドイツ風にトゥルン・ウント・タクシス家と改名した。

1806年に神聖ローマ帝国は解散したが、帝国郵便は中部ドイツの小国間を繋ぐトゥルン・ウント・タクシス郵便として存続した。1867年普墺戦争に勝利したプロイセン王国はトゥルン・ウント・タクシス郵便を買収して北ドイツ連邦郵便に組み込んだ。1871年ドイツ帝国が成立すると北ドイツ連邦郵便はドイツ帝国郵便となった。この帝国郵便はプロイセン領邦郵便を発祥とするため神聖ローマ帝国の帝国郵便とは別物であるが、ドイツにおける帝国全域を覆う郵便網を持つという意味では同じである。第一次世界大戦後のヴァイマル共和制にも帝国郵便は受け継がれた。ナチス・ドイツ郵便警備隊を組織して帝国郵便の営業範囲を第二次世界大戦の占領地に広げた。1945年の敗戦により、帝国郵便は終焉を迎えた。

 

ベルガモ飛脚

後に帝国郵便長官を世襲するタクシス家は1290年からイタリアに郵便網を持っている地方豪族であった。この家系は13世紀のオモデオ・タッソまで遡れ、1251年の記録が見つかっている。ベルガモ近郊のブレンボ川へ突き出た高台にオモデオを輩出したアルメンノ村があった。ベルガモでは教皇派に属するスアルディ家英語版)と皇帝派に属するコッレオーニ家英語版)が対立しており、オモデオの一族は両勢力の争いを避けて山奥のカメラータ・コルネッロ村へ逃れた。

1264年以後、ベルガモがミラノの支配下に置かれるようになると、オモデオの一族はベルガモの郵便事業を組織化するために戻ってきた。オモデオは1290年にベルガモ飛脚を起業して32人の親族たちを組み込んだ。やがてオモデオはヴェネツィア共和国へ進出し、1305年にヴェネツィア使者商会をつくった。共和国はタッソ一族のためにローマ教皇庁と折衝し、彼らが教皇庁の支配地域で飛脚を営む権利を認めさせた。ベルガモ飛脚はミラノ・ヴェネチア・ローマを結び、フランクフルトマドリードバルセロナまでも走った。使者商会は1436年まで市内飛脚と競合した。

14世紀後半になるとミラノやヴェネチアでは駅伝制度が整備された。ミラノでは時刻伝票システムが採用され、伝票に書かれた到着時間を配達人に厳守させることで効率化を図った。ヴェネチアでも複数の飛脚問屋を連携させて各地に宿駅・馬屋・配達人を配置させ、リレー方式で伝達する仕組みを作り上げた。ベルガモ飛脚のタシス家(タッソ家)は飛脚問屋の最有力者として頭角を現し、イタリア全土に郵便経路を建設した。15世紀にヴェネツィアのタシス本家はローマに分家をつくった。一族は特に商人や銀行家として活躍した。ローマ家系は、始祖のセル・アレクサンデル・デ・タッシス・デ・コルネッロにちなんでサンドリと呼ばれた。

 

タシス家はロンバルディア貴族家系らしいけど、1100年~北イタリアで都市共和国が誕生する。(白人種系金融都市国家)十字軍遠征から最大の利益を引き出していた北イタリアの諸都市が、独立の都市共和国を形成。1200年~北イタリアからスイスの商業都市が、ミラノを中心としたロンバルディア同盟を結ぶ。その後、ロンバルディア地方のイタリア金融家がロンドンのシティーに進出して行った。

タクシス家は郵便事業はじめ物流と情報を司っていたけど、先祖筋のタシス家の方は商人や銀行家としてヴェネツィアロンバルディア~スイスさらにロンドンシティーへと流れて行ったみたいだね。これって欧州金融の中心的存在の一角を成していたんじゃないの?ロスチャイルドは格下に思えてしまうよね。。。って事はロイター通信は買収したんじゃなくてやらされてたりしてねw オカルチックなのはこっちの路線なんだろうなーロスチャイルドにやらせてたりしてね。イルミナイルミナ~

 

もうお腹いっぱいだけど、またヴェストファーレン条約って。。。

欧州の奥院の尻尾くらいは見えて来そうな感じだね。

もう少し踏み込むと。。。ロンバルディア(ランゴバルド人)の原住地が、古伝承通りスカンディナヴィア半島南部らしいから多分バイキングだよね。ってことは先祖はスパルタなんじゃないの?やばいね。。。エジプトまで辿り着いちゃうねw

 

Tassis ≒ Taxis X ≒ アクエンアテン(アメンホテプ4世)

 
本当にオカルチックだよねーw
 

決定的転換(1860年代)

  • ドイツ統一運動の中で、各領邦が独自に郵便事業を国営化。

  • プロイセン王国は特に強く、**1867年に北ドイツ連邦郵便(Norddeutscher Postbezirk)**を設立し、統合郵便制度を作ります。

  • これにより、タクシス家の郵便事業は存続できなくなりました。

買収

  • 1867年、プロイセン王国とタクシス家は合意し、タクシス家の郵便権をプロイセン政府が買収。

  • 買収額は 3,000,000ターラー(約900万金マルク) とされます。

  • これをもって、タクシス家の約370年にわたる郵便支配は終了しました。

プロイセンが買収・国有化した理由

(1) 軍事・安全保障上の必要

  • 郵便は当時、軍事通信・外交報告・動員命令の生命線。

  • 戦時に「民間貴族の郵便網」に依存するのはリスクが高かった。

  • 特にオーストリアとの対立(普墺戦争 1866年)後、独自に通信インフラを掌握することが必須になった。

(2) 経済・統一のシンボル

  • ドイツ関税同盟(ツォルフェライン)で経済統合を進める中、郵便も統一することは「国家統一」そのもの。

  • 統一された郵便網は商業活動を後押しし、工業化を加速。

(3) 主権の確立

  • 郵便は「国家の顔」とされ、各国で国営化が進んでいた。

  • 民間のタクシス家が国際郵便を握っていることは、統一を目指すプロイセンにとって矛盾。

  • したがって、象徴的な意味でもタクシス郵便の吸収は不可避だった。


買収の影響

  • タクシス家は巨額の補償金で「大貴族」として安泰。

  • プロイセンは北ドイツ連邦郵便を整備し、後の ドイツ帝国郵便(Deutsche Reichspost) に直結。

  • ドイツ統一(1871年)において、郵便網は鉄道と並ぶ「インフラ統一の成功例」となった。


✅ まとめると

  • 買収額は現代価値で数千億~1兆円規模

  • 国有化理由は 軍事・経済・主権の確立

  • この郵便統一が後の ドイツ帝国の中枢インフラ になった

 

その後のタクシス家

  • 郵便事業を失ったタクシス家は、代わりに莫大な補償金と、広大な土地・宮殿を維持し「大貴族」として存続。

  • 今日でもドイツのレーゲンスブルクに「トゥルン・ウント・タクシス宮殿」が残っており、家門は存続しています。


 

オカルト・陰謀論的言説:タクシス家

歴史資料・学術論文ではほとんど証拠を持たないものの、ネットや非正規文献・陰謀論サイトなどでは、タクシス家をめぐるオカルト説がしばしば語られています。次が主なものです。

 

<タクシス家は「オカルト組織」である>

タクシス家が、霊媒・占術などオカルト的な能力・霊的支配を行使していた説。

 

根拠・出所・批判ポイント

この種の記述は主にネット上やオカルトブログ的な文献で見られ、一次史料・学術史料では裏付けがないことが多い。たとえば「タクシス家の全貌」というブログ記事で、「幽霊に憑依させてお告げを得る」などの語りが見られるものの、史料的な信頼性はきわめて低いものです。jed's Ownd

 

<タクシス家は世界支配の闇の黒幕である>

  ロスチャイルド、ロックフェラーに並ぶかまたは超える権力を持つという主張。

根拠・出所・批判ポイント
こういった主張は陰謀論系サイト・動画で拡散しており、信頼できる歴史研究で支持されてはいません。たとえば「イルミナティ12貴族のトップ」といった表現で紹介される動画が存在します。YouTube

<タクシス vs トゥーレ協会>
ナチスの前身とされるトゥーレ協会(Thule Gesellschaft)とタクシス家を結びつけ、タクシス家がオカルト的支配を行っていたという説。

根拠・出所・批判ポイント
このような結びつけは、陰謀論的な系譜操作の一部であり、歴史学的な根拠は確認されていません。jed's Ownd
 

信憑性・批判的視点

  • タクシス家そのものが組織的なオカルト団体という証拠は見つかりません。 家系は長い郵便経営・貴族史を持つ実在の王公貴族です。postalmuseum.si.edu+1

  • ただし個別人物の関与は確認できます。 例えば王族の一人(プリンス・グスタフ)がバイエルン革命期に「トゥーレ協会(Thule Society)」の会員だったという記録があります。トゥーレ協会はヴェルク(völkisch)・オカルト的要素を持つ団体として知られています。ウィキペディア+1

  • 「世界支配の黒幕」といった大振りの陰謀説を支持する学術的根拠は乏しい(陰謀論サイトや動画での拡張は多いが、学術史料や一次史料で裏付けられているわけではない)。学術研究は、トゥーレ等の影響や人物ネットワークを検討するものの、過大な力や長期的世界支配を立証するには至っていません。Academia+1

詳しい検証(項目ごと)

  1. タクシス家=オカルト組織か?

    • 実証史料(家史、郵政史、宮殿記録など)は家を郵便事業で名を成した貴族家として扱っています。家系の公式史料・紹介にもオカルト的組織性を示す記述はありません。したがって「家全体がオカルト組織であった」という主張は根拠不足です。postalmuseum.si.edu+1

  2. トゥーレ協会との関係(個別会員の存在)

    • プリンス・グスタフ(Gustav, Thurn und Taxis)はトゥーレ協会の会員であり、1919年に革命期の出来事で処刑されています。トゥーレ協会自体は神話・ゲルマン主義・オカルト的思想を含む民族主義的グループで、ナチ前史の文脈で研究されます。したがって「タクシス家とトゥーレ協会が無関係」は誤りだが、個人の関与が家全体のオカルト性を自動的に立証するわけではない点に注意。ウィキペディア+1

  3. 「闇の支配者」「世界支配」といった陰謀論

    • こうした主張は主として陰謀論系サイト・動画で拡散されています。学術研究や一次史料は、当該家が欧州で影響力を持っていたこと(特に郵便・経済面)は示すものの、超常的・隠然たる世界支配といった主張を裏付ける証拠は提示していません。学術的反論もあります。要するにオカルト的・陰謀論的主張は過大解釈・検証不足である可能性が高いです。Academia+1

参考になった主要ソース

  1. Smithsonian/郵史紹介(Thurn and Taxis の郵政史的役割)。 postalmuseum.si.edu

  2. Thule Society の解説(百科事典的説明:オカルト的・民族主義的性格)。 ウィキペディア

  3. Prince Gustav(タクシス家の個人)に関する記述(トゥーレ会員としての記録)。 ウィキペディア

  4. 学術的・研究的検討(トゥーレ協会とナチズムの関係を扱う研究資料)。 ia903207.us.archive.org+1

  5. トゥーレ系・ナチ関連の影響を過大評価する説に対する反論(学術エッセイ)。 Academia