甲州犬目峠
富士の御山の美しさに見惚れました。
御山の下に目を転じると、荷を背負った二頭の馬を引く人足と旅人の二人連れが描かれています。
なにやら人足が旅人に腰を屈めて話しかけているようです。
馬の背の荷物は旅人の荷なのでしょうかねえ。
それとも、旅人が人足に何かを尋ねているのでしょうか。
二人の話し声が聞き取れないのが残念です。
右上の方にも、二人の旅人が描かれていますよね。
一人はキチンと笠を被り、もう一人は外していますね。
ハアハアという息づかいが聞こえそうです。
そして、先を行く旅人が「もう少しだから頑張りなさい」と励ましの声をかけているようで…。
本図で描かれている「甲州犬目峠」は、甲州街道の宿場のひとつである犬目宿(現代の山梨県上野原市)近辺の峠であるが、具体的な場所については明確になっていない。
吉田兼信の『甲駿道中之記』(文政13年(1830年))に「矢坪、犬目の駅過、犬目峠有、けわしき岩山なり、嶺上より富士嶺を望、絶景の地なり」と記されており、犬目宿とその西の下鳥沢宿の間にあった峠であると推察されている。
背後に雄大に描かれた富士山は、その高さによって白色、藍色、茶色で細やかに摺り分けられている[6]。緑に覆われた急勾配の坂道を左下から右上に配置し、峠越えに挑む旅人や馬子が描かれている[5]。地元犬目では遠見と呼ばれる高台より見える富士を北斎が描写したことが伝えられているが[7][8]、北斎が実際に甲州を訪れたという明確な記録は残されていない[9]。本図は「峠」というほど山深くはなく、不自然な描写となっている[5]。一方、歌川広重の『不二三十六景』に描かれる「甲斐犬目峠」では険しい山々の奥に富士が描かれており、北斎が想像上の景色を描いた可能性も指摘されている。
-----Wikipediaより



