東北農民管弦楽団の定期公演は、今年の秋田県で第五回目なのですが、前に書いたように、第三回の宮城県から参加している私には三回目の晴れ舞台でした。これまで、いくつかアマオケの舞台に上がりましたが、これほど感動する空間は経験したことがありません。

アマチュアの歌劇団専属アマオケにいた時も、ヴェルディの「トロヴァトーレ」の全曲演奏に痺(しび)れましたが、それは、ソリストたちだけでなく、バレエや合唱団も含めた歌劇の舞台を作るという大規模な演出に驚嘆したからです。

[ご参考①] シミオナートがアズチーナ役をしているカラヤンの演奏です。

https://www.youtube.com/watch?v=j-mSGIWO7tA

[ご参考②] 「トロヴァトーレ」について書いた私のブログ記事です。

https://ameblo.jp/tosh-tanaka/entry-10986926599.html

 

けれども当たり前のことですが、演奏会当日はオーケストラピットの中に沈んでいましたから、舞台の様子は、音でしか感じることが出来ませんでした。

 

東北農民管弦楽団は、「東日本大震災からの復興の一助となることを願い」(「規約」より)、東北各地で毎年一回の定期公演をしてきました。そこには、宮沢賢治の想いを体現しようとする魂が集約されているように思えます。

私が参加させていただくようになった二年目の山形公演の演目で、とても驚いたことがありました。それは、宮城公演に続いてドボルザークの「新世界」がメインに据えられたことです。私が関西で加わっていたアマオケでは、同じ曲を続けて演目にすることは考えられませんでした。

けれども、宮沢賢治が愛した「新世界」や「田園」を、東北各地で披露することは、東北農民管弦楽団にとっては、ごく普通のことだと、ようやく思えるようになりました。東北色(いろ)に染まることが出来たのかもしれません。