差別体質は人類に共通した負の感情です。ドイツや日本
だけでなく、アメリカやイギリスなどにも差別問題があるよう
に、一部の素朴な民族を除いて(本当にそのような民族が
あるのか、私は自信がありませんが)、差別のない国は無
いようにさえ思えます。
 それは、私自身の胸に聞いてみても、すぐにわかること
です。確かに、私の気持ちの中からは、差別感情を囁く声
が聞こえてくるのですから。
 
 多くの良識ある人は、このような負の感情を抑える術を
心得ています。社会生活を営む以上は、負の感情を表に
出さないだけでなく、それが生まれないように自己変革す
る必要があると思います。
 人間の叡智とは、そのようなものだと私は思うのです。
もちろん、まだ私も自己変革できていません。時に、負の
感情が生まれてきます。そのようなとき、少なくとも自戒
しなければと思うのです。

 さて、ドイツで難民に対する差別意識が生まれそうだと
の報に接して、私は、日本の朝鮮人に対する差別意識を
思い出しました。
 戦後生まれの私は、戦前の差別を知らないのですが、
恐らく、私が知っている朝鮮人差別の比ではなかったと、
推察しています。関東大震災の時は、殺人にまで至った
と聞きましたので。

 この作品は、そのような朝鮮人差別の遠因になったの
ではないかと、私が思っている「日韓併合」(1910年)を
モデルとしたものです。