これはいけないことだとわかっていても、人間とは哀し

もので、容易に実践できないものだと思います。それとも、

私の意志だけが、特別に弱いのでしょうか。

 具体的に書くことは差支えがありますから、あまり詳しい

ことは言えませんが、仕事の方針で、上司と意見が対立し

たことがあります。会社の組織では、上司との議論は可能

ですが、最後は上司の意向が優先されます。

 そのようなときには、切歯扼腕しながらも、泣く泣く上司の

方針に従わなければならないのです。それがサラリーマン

の哀愁です。そのような想い出が、私には数限りなくあった

ように思います。


 そのような欲求不満が募ってきたときに、禁忌としていた

上司の悪口が、私の口角の縁(ふち)にまで、込み上げて

くるのです。

 それでも我慢するのが、30数年サラリーマンをしていた

人間の性(さが)なのです。ただ、それでも一緒に飲み交す

仲にある同僚などが、その事実を知って少し慰めの言葉を

掛けてくれようものなら、もう口角に付着した悪口の欠片は

結晶となって、アルコールのお蔭で滑りの良くなった舌端か

ら迸り出てしまうのです。


 後からどれだけ反省しても、一度、外に飛び出したものを

再び腹の中に収納することはできません。いつの間にか、

そのことが上司の耳に入り、気まずくなる程度ならまだしも、

評価にまで影響したかもしれないと思うと、自分の行動が、

いかにも滑稽に見えてしまうのです。

 そうです。欲求不満のはけ口は色々あるのに、直接的な

上司の悪口を喋ってしまうと、思わぬ落とし穴に嵌(はま)

ってしまうことも、自覚しておかなければならないことだと、

今にして私は思うのです。