トマス・モアの「ユートピア」は、二巻の物語から成り
立っています。第一巻は序章のようなもので、「国家の
最善の状態についてのラファエル・ヒロスディの物語」
との副題がついています。
そして第二巻が本題で、具体的なユートピアの話な
のです。少し、その内容に触れておこうと思いますが、
テキストとしては、平井正穂が訳している「ユートピア」
[岩波文庫]を使うことにします。
最初は、主人公がヒロスディの話を聞くようになった
事情が詳細に語られています。一見、不要とさえ思え
る部分もある記述が続くのですが、主人公が、偶然に
邂逅したヒロスディという人物と、主人公自身の描写と
して、なくてはならない部分です。
つまり、主人公はヘンリー八世の「命を受け、使節と
してフランダースに赴き、……アントワープに滞在中、
……そこの市民でピータ・ジャイルズという人」に逢う
のです。
その訪問に主人公は「歓迎の意を表した」のですが、
それは彼が、「土地の徳望家で、高い地位にも次々に
ついてきた人」であり、「これくらい腰が低く、礼儀正し
い人はなかろう」人だったからです。
ある日、主人公はアントワープの「教会建築の中でも
一番美しい、一番壮麗典雅な会堂で、ミサの後、この
ピータ氏が「風貌や服装から船乗りだと」わかる男と、
「何か話している」場面に遭遇します。その男が、何と
ユートピアの語り手であるラファエル・ヒロスディ氏だっ
たのです。