日本が、アジアの近代化を担っているという意識がなけ
れば、日清・日露の二つの戦争は起こらなかったかもしれ
なかった。そうすれば、尊大な大日本帝国の暴走も、なか
ったに違いない。
だが、一たび自負心に憑りつかれてしまうと、もう、冷静
な視点はなくなってしまう。国家の潮流に呑み込まれた男
の意識も、客観的な視点は失われてしまった。
そして、大日本帝国陸軍という大きな組織の一員に過ぎ
ない存在ではあったが、男は、アジアで唯一、西洋に拮抗
した戦力を持つ軍隊となるための努力を惜しまなかった。
軍人としての誇りは、時が経つに連れて大きく育って行く
ものだ。入隊して間もない頃は、慣れない武器の手入れや
日々の軍隊生活に追われるばかりであったが、年月を経る
に従って、次第に根性も座ってきた。
「立派になって。」
その姿を見て、最初は軍人になることに反対していた母親
も、今では息子の成長を自慢するようになっていた。
「後は、嫁さんだね。」
男に、いくつかの縁談が持ち上がった。男は、結婚に興味
がないわけではなかったが、別段焦りもしていなかったので、
両親の言いなりになった。だが、それが間違いの素だった。