カップルの仲がいいことは、まことに望ましく幸せなこと

です。純粋な愛を育み、お互いに相手を思いやることは、

人間の成長に欠くことのできないことでもあります。

けれども、そのような二人であっても、その愛情表現が、

公衆の眼前にストレートな形で繰り広げられるとすれば、

それには、眉を顰める人が多いでしょう

 街の中に出れば、二人の気持ちを抑えることは社会人

として最低限の嗜みだと思います。人混みで露骨な愛情

表現に出くわすと、私のような厚顔無恥な人間でも、目を

逸らして、戸惑いを隠せなくなってしまうものです。



 ところが先日、発車前の電車に飛び乗り、一つだけ空い

ていた席に座った私の目の前に座っていたカップルには、

この原則は、まったく当てはまりませんでした。

 二人の様子には、私はすぐに気が付きました。二人は、

辺りを憚ることなく、お互いの心の中に自分がいることを

確かめるように、顔を見合わせていました。

 お互いの手を絡めるだけでは物足りないのか、時々頭

を相手の頭や肩に当てていました。けれども、不安定な

体勢が苦しいのか、相手の顔を確かめたいのか、すぐに

目と目を合わせようとするのです。



 長めに伸びた男性の髪の毛は、無造作に広がっていま

した。コートやジャンバーなど、かなりの厚着です。あまり

身の回りを構うタイプではないようでした。

 女性の方は、肩から胸にまで伸ばした長髪が、綺麗に

整えられていました。派手ではないけれどお洒落な装い

です。二人とも丸顔なので、髪の毛の落差は、全然気に

なりません。


 二人の会話には、絶えず恋情の歓びが零れていました。

もちろん、小声だったので、話の内容まではわかりません。

会話が途切れると、二人は真顔に戻ってしまいます。

 けれどもそれは一瞬のことで、すぐに二人は再び見詰め

合い、話に弾みが付きます。そして二人は、そのたびに、

幸せを噛みしめるように、熱い眼差しで相手の目をじっと

見るのです。


 私は二人の真正面に座っていましたから、あからさまに

微笑むことはできませんでした。それでも、気持ちは温か

くなり、未来に希望を持つことができたのです。