(11)進学と三年と暗愚。
後、二人屈服させれば、久慈三波中学は陥落する。三年生に挨拶を徹底させる。敬語も徹底させる。思い描くだけで心地いい。尊大な奴が俺に首を垂れるのだ。
三年生は六月に、県一斉実力模試が控える。矢能ともう一人、元和菊太(げんな・きくた)もその準備をするらしい。塾などに通学を始めたと聞く。笑ってしまう。この界隈で暗愚やその最下層、爆痴を気取る奴の進路はほぼ決まっている。卒業後、塗装工や配管工などに弟子入り。内申書、偏差値取っ払いの高校へ無試験進学。漁師。そうでなければ無職そして駄人の群れへ。受験勉強など不必要だ。虫鍋を潰して四日。凪が続いた。そんなものは。不必要だ。奈州が焦れる。五月テロ、阿形の補導に虫鍋の全身打撲が教師達の哨戒を強めた。虫鍋が舌を齧らないため加害者は糾弾されなかったが、噂は流れる。
屋上で、奈州と武桜が煙草を喰う。春の午前は空が儚い。儚く青く遠い。三時間目終了の鐘が鳴った。奈州が煙草を吐き捨てた。足早に校舎へ駆け込む。三年生の教室は四階。一駆けで着く。その一組。最初に出てくるはずだ。元和。三日間、観察した。授業前、授業中は巡回する教師もいるが、授業直後はまず、いない。授業の準備で職員室に帰っている。穴。駆けた勢いで跳ぶ。跳んだ勢いで打つ。高い打点の膝が顔面を刺す。突然、右眼窩が冷えたと感じた。次に足が頽れる。激痛よりも屈辱。屈辱よりも恐怖。奈州の顔だ。網膜に奈州が映った瞬間。恐怖。「何が、」
「三年だっ、」
三年生側も激怒はしていた。奇襲など勝ちには入らない。鼻翼を尖らせてそう述べ合う。合うが敗北を実感してしまっていた。殺してやると舌叩いても、できない自分達を知っていた。受験が近い。せめてと思う。進学したい。進学するにも、最底辺の高等学校には行きたくない。付近でいえば、隣接する熊津市の私立熊津月宮(くまづつきみや)高等学校、俗称「くまっき」。教師も生徒も最底辺という噂。もしくは久慈学院。どちらも生徒は暗愚か爆痴生のみ。卒業後の飛躍も望めない。高卒の肩書きを手に入れることは出来るといった程度。県外で就職する時、多少有利となる。県内では寧ろ、マイナス。人生の岐路だ。そこへ二年生が沸騰しやがった。爆痴臭いことはそういう連中とやってくれ。俺たちは暗愚気取って二年間楽しんだだけ。久慈三波中の支配などどうでもいい。それが真意。それが総意。けれども。武桜らは納得しないだろう。武桜らは屈服させたいのだ。そして。自分たちも支配などどうでもいいとは申し出ないだろう。まるで敗北の弁解に聞こえる。ならばもう、やるしかない。やる気のある連中は激減している。この時期、際立つわけにはいかない。それでもこの時期だからこそ。やる。それが暗愚としてやってきた中学生活へのけじめ。巻き込まれた他の三年生へのけじめ。侍。俺たちは侍なのだ。暗愚らしい暗愚な結論の下、結束した。
県一斉実力模試の前にやる。三年暗愚らの士気が消沈した。武桜と奈州が沈静化したのだ。遠目に睥睨し合っても、仕掛けてこない。それならそれでいい。一過性の熱だった。それでいい。六月の、実力模試も迫っている。
五月三十日。金曜日。十四時二十三分。教室の隅で、数式の羅列に矢能の脳が不貞腐れ始めていた、その時。後ろの扉が開いた。「失礼します、」怒声。矢能の脳がそれを武桜だと認識するより先に、眉間にバスケットボール。頚椎がずれた。気がした。後は覚えていない。耳鳴りだ。耳鳴りの向こう側に。痛みがあった。武桜が足を振り上げた。痛みは遠く、青く儚い。矢能は、混濁した。