桶狭間の戦いは、永禄3年5月19日(1560年6月12日)現在の愛知県で起きた、織田信長公と今川義元公の戦いである。

 

永禄3年5月19日頃の土佐はというと、ちょうど元親公、親貞公の初陣となる戸の本合戦の前頃でした。

着々と戦の準備をしていた頃かもしれません。

初陣となる戸の本合戦は、9日後の5月28日と言われています。

その前夜の5月27日、長宗我部軍は種崎城を出て、長浜城(現在の秦神社、雪渓寺の裏山)に夜襲をかけ、奪ってたそうです。

いま県営渡船が通ってまして、なんとなく水軍気分、攻めていく気分を味わえたりします。

 

軍記ものなんかでは、元親公は初陣にあたり槍のつき方を秦泉寺豊後に聞いたなんて書かれております。

 

ちなみに元親公の初陣は数え年で23歳。親貞公は数え年で21歳。

織田信長は14歳で初陣だったそうですから、当時としてはかなり遅かったのではないでしょうか。

ちなみに元親公と信長公とは5歳違いです。

そもそも初陣の記録も軍記物にしか残ってないので、

ほんとにこれが初陣であったかは正直分からないわけなのですが、そうなっています。