私が学生時代通っていた学校には、毎朝礼拝がありました。
礼拝では、その日の担当の先生や生徒が話をするのですが、
年に何度か校長先生の担当日がありました。
校長先生はとても分かりやすい言葉で話すのですが、
内容は哲学的で、当時中高生だった私にはムズカシイ。そして長い。
しかし、数年聞いているうちに、だいたい3パターンに当てはまることがわかってきました。
なので、慣れて生意気になってきた中学3年あたりから、
校長先生の話の冒頭を聞いて、あ、今日はこのパターン、と判断してから寝る、みたいなサイクルになったのでした。
先生には大変失礼だったわけですが、
今思うと、先生は自分の「型」を持った、とても優秀な講演者だったのだろうと。
私が色々な場面(仕事だったり子育てや教育)で
参考になったりファンになったりして、
書籍やブログや音声配信を追いかけたりする人たちは、
だいたい自分の「型」があります。
毎日ブログや音声配信を更新して、様々なテーマで話しているようで、
必ずその内容や結論は、何パターンかに分類される気がします。
毎回同じ話をしているわけではなく、取り上げる題材は常に新鮮。
でも着地点は一定の「型」がある感じです。
その人独自の「型」ができるまでに、たくさんの経験が必要なのはもちろん、
その経験に対してどれだけ一つ一つ向き合い、考えてきたかの時間も必要なんだと思います。
自分の「型」を作るために、自分と向き合い考える時間を作ることも必要だなと思うのでした。
