今、人々はなんかすごく“癒し”を求めているとよく聞きますよね。
何故でしょう?
こんなに“癒し”とか“癒されたい”とか前から言ってましたっけ?
ちょっと昔なら、人間同士の付き合いの中で、慰められたり励まされたりして
きたことが、“ストレス”という言葉でひとくくりにされているようで。
特に都会では、皆ーんながそれぞれ一人ぼっちの集合で、
傷つくのを恐れるあまりに、付き合いを絶ってしまっているように思います。
例えば、上の階の子供がドタバタしても、どんな子か知ってれば、
今日も元気やな、で済むし、はたまた一軒家としても
近所のおばさんに家の前で、
「今日はどちらまで?」
「はい、ちょっと知り合いのとこへ。」
「あ、そう気つけてね!」
っていうのはめんどくさい感じがしますが、
そのおばさんが時々、イチゴくれたりするわけですよね。
なんかうまく言えないけれど、そういうことになんかちょっと
救われたりするような “今日” があったりしませんか?
だから、“煩わしい”とか“ウザイ”とか言うのをやめにして
ボンもおばさんも、元気でよかったね、て思えば心を丸くして
いられると思うんですが・・・。どうでしょうか?