5月4日総務省は、4月1日現在の15歳未満の子どもの推計人口が1401万人と発表した。これは43年連続の減少であり、少子化に歯止めがかからない現状が改めて浮き彫りになった。

 少子化で日本がいま直面している問題は、労働力の減少である。労働力不足は直接わが国の経済の衰退に結び付く。このため生産年齢(15~64歳)が1995年以降減少に転じて以来、官民総力をあげて、経済的支援や労働・子育ての環境改善、男性の育児休業の推進、外国人労働者の活用など取り組んできた。しかしそれでも少子化傾向を抑えることはできなかった。

 今後はさらなる異次元の対策を早急に進めなければならない。こうした支援により、子育に係る家庭の財政負担は軽減されるなど環境は改善される。それでもその効果が期待できるのは、最短でも20年先である。それまでは労働力の供給が減少し、人口の高齢化が進むことは確実である。

 しかし目の前の現実が改善されても、将来の現実に暗い影を落とすとすれば、そのような社会のなかで親は、はたして子供を増やしたいと思うだろうか。少子化対策として最も重要なのは、子供を増やしたいと思わせる社会をつくることである。

 そこで今回はそうした社会を形成するためには、日本の将来にどのような選択肢があるのか、大胆に述べてみたい。

1.国と企業は豊かで個人は貧しい

 国の国力を表すGDPについてみると、国際通貨基金(IMF)は、2025年の日本の名目GDPはインドに抜かれ、世界5位なるとの見通を発表した。一方わが国の1人当たり名目GDPは、2000年に先進7か国(G7)でトップであったが、22年には先進7か国(G7)で最下位となり、全体では31位と低下し続けている。1人当たりGDPの低下傾向は、全体の場合より顕著である。

 1人当たり実質賃金の推移を主要4か国での比較でみると(1991年基準)、2020年ではアメリカ(146.7)、イギリス(144.4)、ドイツ(133.7)、フランス(129.6)、日本(103.1)である。すなわち、外国の4か国はいずれも伸びているのに対し、日本は横ばいで推移しており、4か国との格差が広がり続けている(内閣府)。

 これらの指標から、企業経済が中心になっているわが国は、「国と企業は豊かだが、個人は貧しい」ことがわかる。この要因のひとつをあげてみよう。わが国の経済は輸出産業を中心に支えられている。自動車産業を例にみると、国内販売は落ちてきており、製造された自動車の多くは、輸出用になっている。設備投資も輸出に引っ張られ、急激に膨らみつつある。

 この影響により経済成長や設備投資と賃金や個人消費とのあいだに大きな不均衡が生じている。経済成長が賃金や個人消費に結びつきにくいのである。賃金が上がらなければ、お金は貯蓄にまわり、消費にはまわらない。高度成長期の時代においては、企業から個人への資産の移行は、比較的早い段階で行われていたが、今日の低迷期においては、それが非常に遅れている。

2.モノづくり大国からの脱却

 近年求人が増えており、パートを含む労働者の賃金は上昇しつつある。その一方で熟練労働者と非熟練労働者のあいだの賃金格差が広がる傾向にある。2000年頃から展開されてグローバル化の影響に伴う労働市場の構造変化の影響が大きい。生産拠点の立地が自由に選べ、世界規模での労働力の確保が容易になると、中国や韓国などの人件費の安い国の人件費と比較され、非熟練労働者の賃金を直撃することとなった。

 さらに生産拠点の移動は、次第に当該国の産業を育成することになり、その結果白物家電を中心に低料金を武器に日本への流入が増加し、国内産業に大きく影響するようになった。今日ではこうした製品の範囲も広がった。日本のGDPや賃金などが世界のなかで低迷している大きな要因である。

 こうした構造はモノづくり大国を自称してきた日本にとつて、経済の回復および企業の利益率のアップに貢献し、株式市場や資産家には、望ましいことではあるが、労働者と社会的流動性にとっては、望ましいことではない。こうした構造が続く限り、「国と企業は豊かで個人は貧しい」国からの脱却は不可能である。

 もはや賃金コストの優位性によって、一国の発展や企業の成長をはかることが困難になったのである。今後日本の企業に求められるのは、より高度な生産性であり、より大きな競争力であり、より進んだテクノロジーである。さまざまな要素が強力に絡み合っているから、変化を求めるのは容易なことではない。それでも20年先を見据え、現状を変えていかなければならない。

3.日本の選択すべき分野

 労働力人口が減少するなか、生産性を上げ経済成長を果たすためには、企業、大学、病院などいずれにおいても、世界のリーダー的存在になることを目指さなければならない。とくに先進国の製造業においては、コスト全体に占める非熟練労働者の比重は低下傾向にある。もちろん非熟練労働者の生産性の低下は、企業の成長の足かせとなるが、それでも非熟練労働者の低コストが、企業全体の低生産性をすべてカヴァーすることはできない。

 日本が引き続きアジアの低コストの圧力を受け続けることは避けられない。非熟練労働者をいかに多く抱えていても、世界的リーダーの生産性を実現しなければならない。

 こうした条件のもとで日本が選択すべき分野についてみてみよう。日本の企業のなかには、自動車や家電などいくつかの産業において、技術の高さや製造方式の効率性から、世界的な成功をおさめ、世界的リーダーになっているところもある。

それでは日本は、これからも自動車や家電などの産業に頼る続けることになるのか、それとも新しい分野において世界的地位を築くことができるのか。後者を選択するならば、そのための新たな人材や経営者の登場が求められる。

 いまや世界経済は第三世代のテクノロジー時代に突入し、日本が世界的リーダーの対象となる分野は広がった。さまざまな分野で、新しいテクノロジーやIT、通信分野での技術革新は企業間での有力な武器であり続ける。バイオテクノロジーは、新たな発見や発明によって、医薬品や医療機器、再生エネルギー、機能性食品など様々な製品が幅広く利用されるようになり、次世代にも引き継がれることになろう。

 またエネルギーに関しては、環境に優しい技術開発が促進され、生活に関連する分野でも多くの新技術が生み出されることが期待されている。ナノテクノロジーの分野においては、コンピューターやその周辺機器にも利用が広がり、またエレクトロニクスを中心に開発が急ピッチで展開されている。こうした技術開発は、今後もしばらくは続くはずである。

過去には半導体の生産は、日本の独壇場であったが、現在は外国企業に頼っている。また携帯電話のメール、写真、動画など、どれも日本が最初であった。しかしこれらのサービスは、世界進出を果たすことなく、現在も国内にとどまっている。

これからの日本は、グローバルを目指すのか、日本のトップを目指すのかの新たな選択が迫られている。非熟練労働を行うものの多くは、生産手段を保有しない。豊かな経験があったとしても、その経験もほとんどの場合、彼らが働いている場所でなければ価値はない。つまり生産拠点と労働の場所は同じでなければならない。また生産時間は労働時間と一致するため、この種の労働者の生産性をあげるためには、長時間労働に頼るしかない。

一方熟練労働者(知識労働者)を必要とする産業は、生産手段の多くが労働者の頭脳のなかにあるため、必ずしも生産拠点と労働者が同じである必要はない。また生産性を高めることができる範囲は、生産拠点と労働者の影響を受けないことから、非熟練労働者の場合より広い。

 現在企業の国内投資は伸び悩み、生産拠点の海外移転が加速しているが、産業構造が変れば、国内向けの研究機関や企業の設備投資が促進される。そのためにも産業構造の転換を促進し、国内産業のグローバル競争力強化をはからなければならない。

4.人的資源の投資

 人件費の安い国々と競争しながら、少子高齢化、国際的な競争、技術革新の課題を克服するためには、第三世代のテクノロジー時代において、世界レベルの能力を発揮できる人材の育成が不可欠である。

 残念ながら現在、わが国の教育機関や研究機関から、より高度な研究や技術を求めて、人材の海外流出が増加している。目標はこうした流れを食い止め、大学や研究機関をグローバリゼーションの中心にすることである。

 筆者のアメリカ調査において訪問した大手企業では、大学に資金を提供する一方で、その大学に企業として必要する人材育成を要請している。まさに産学連携である。わが国では過去に産学連携構想が注目されたが、まだこれといった成果はみられない。日本もこの方式を見習うべきではないか。政府も人間への投資、とくに新しく生まれてくる人間への投資をさらに積極的に進めなけえればならない。

5.子育てをしたくなる社会の形成

 日本は自足可能な大陸国家ではなく、グローバルの関係のなかで、経済的な利益を得なければならない。そのなかで日本の地位は低下傾向にあり、さらに国内では格差が広がっている。

 しかしその流れを変えるという展望には、日本人は自信をもってよい。日本は戦後まもなく、確固たる独自の文化伝統を維持しながら、欧米の文化を巧みに取り入れ、魅力のある独自の文化的統合成し遂げてきた。さらに欧米との間で広範で密接な協力関係を築き上げてきたが、いまだに世界を分かつ文化と人種の壁を埋め、平等に構築したのは日本が世界史上最初である。

わずかな国土の広がりしか持たない国とは思えないほどの、グローバルでの世界で貢献を果たしている。今後あらゆる分野において、世界のなかで日本が先導的なリーダーとしての一角を占めなければならない。

 当然それは多くの難題に直面するであろう。それでもこれまで日本が果たしてきたように、それぞれの解決策を克服し、今後長期にわたって知的財産になるような世界的技術を構築することは容易に想像できる。

 だれも未来を予測することはできない。しかし現在の横たわる選択肢を示したり、それが未来にどのような意味を持つのかについて示唆することはできる。将来の子どもたちは、どのような日本を望んでいるのか、親たちは子供を育てたいとする日本はどのようなものか、早くその展望を国民に示さなければいけない。現在国を挙げてさまざまな子育支援策を講じており、それはきわめて重要なことである。しかし日本の将来の展望が不透明であるならば、少子化を止めることはできない。