日本のGDPが4位に転落という記事が話題になった。その原因として、バブル崩壊後成長につながる投資を怠たってきたこと、内需が落ち込んだことなどが指摘されている。そのため長引くデフレから脱却し、生産性を上げる取り組みが求められている。そこで今回はGDPの推移から今後の方向を探ってみたい。

1.GDPからみた日本の位置 

 通常経済成長力を示す指標としてGDPが使用される。わが国の名目GDPは、経済成長とともに1968年にアメリカに次ぐ第2位に躍進した。1995年以降、伸びは停滞に転じ、2,010年には中国、23年にはドイツに抜かれ、世界4位に後退した。26年には5位のインドにも抜かれると予想されている。

  この要因には物価が上昇するなか、個人所得の伸び悩みに伴う個人消費の減少、原材料の高騰による住宅投資、設備投資などの内需の低迷などがある。

 一方わが国の1人当たり名目GDPは、2000年に先進7か国(G7)でトップであったが、22年には先進7か国(G7)で最下位となり、全体では31位と低下し続けている。1人当たりGDPの低下傾向は、全体の場合より顕著である。

 この順位をGDPと対比すると、GDPが1位のアメリカは7位、中国は68位、ドイツは20位、日本は31位である。ちなみに1人当たりGDPの上位4位は、ルクセンブルグ、ノールウェー、アイルランド、スイスである(IMF)。

 GDPと1人当たりGDPの格差は、中国を除いて最も大きいことから、わが国のGDPは、他国に比べ労働者の低賃金、過重労働などによって支えられてきていることが予想できる。

 そこで1人当たり実質賃金の推移を4か国での比較でみると(1991年基準)、2020年ではアメリカ(146.7)、イギリス(144.4)、ドイツ(133.7)、フランス(129.6)、日本(103.1)である。

 すなわち、外国の4か国はいずれも伸びているのに対し、日本は横ばいで推移しており、4か国との格差が広がり続けている(内閣府)。

 1人当たり(平均値)でみる場合、次の点に注意しなければならない。対象となる数値にバラツキが少ないときは、有効な値となるが、そうでない場合は、必ずしも実態を現しているといえない。たとえばわが国のように生産量の多い少数の大手企業と、生産量の少ない多数の中小規模の企業が混在しバラツキが大きい場合、平均値は一部の大手企業の値に影響される。

 そのため1人当たりのGDP、実質賃金の値は、実態より高く評価される傾向がある。したがって1人当たりのGDP、実質賃金の他国との格差は、さらに広がっていると考えられる。また実質賃金は横ばい傾向であるが、実態は低下しているとみるべきである。

 なおGDP上位のアメリカ、中国、ドイツ、日本と、1人当たりGDP上位のルクセンブルグ、ノールウェー、アイルランド、スイスとでは、国民にとってどちらが幸せなのか議論の余地がある。

2.成功と失敗の検証

 1,990年代のバブル崩壊後、日本経済は低迷し「失われた30年」ともいわれるようになった。経済は低成長に転じ、賃金の低迷、中間所得層の弱体化、所得格差の広がりが常態化した。

 ちなみに23年以降急激に円安に進んでいる。この影響は輸出産業の収益拡大と原材料の多くを輸入に頼る中小規模の産業の収益低下につながり、この両者の格差がさらに広がることになる。

 この対策として、岸田政権はデフレから完全に脱却して、経済の成長軌道を早期に取り戻すため、「あらゆる手を尽くし、物価高を上回る所得を実現していく」と述べた。診療報酬などの公的価格を引き上げて、医療・福祉分野の賃上げを促すことや、給与などを引き上げた企業の法人税を減額する「賃上げ促進税制」を拡充する方針を示した。

 デフレ脱却といえば、2,012年12月に第2次安倍政権発足時にアベノミックスの目玉政策として取り上げられた。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資(三本の矢)を喚起することにより、富めるものが豊かになれば「富の滴」が中小企業、低所得者層にも浸透するというもので、経済学でいう「トリクルダウン」の考え方がアベノミックスの支えになっていた。

 しかしトリクルダウンが成功した国はないといわれ、わが国でも、富める大手企業の収益の多くは、自企業の内部留保や海外設備投資に使用され、中小企業、低所得者層には浸透しなかった。結果としては企業規模の所得の格差がさらに拡大し、その傾向は現在も改善されていない。

 岸田政権の掲げた政策も、その対策が採用できるのは資金力のある企業であり、そこを対象に法人税を減額すれば、大手企業を優遇したアベノミックスの考え方と類似しているようにも思える。もしそうであるならば、「失われた30年から40年」になるかもしれない。

 アベノミックスの効果は、賛否両方がある。しかし誰もその検証を行おうとはしない。そもそも人間の作る政策が完璧なはずがない。だからこそ今後の実効性ある経済政策を構築するためにも、アベノミックスを含め、これまでの政策の成功と失敗の検証を行い、両方から学ぶという難題に取り組む姿勢が必要なのではないか。幸にもこれまで成功と失敗の事例が多くある。同じ失敗を繰り返さないために、過去の教訓を学ぶという謙虚な姿勢が求められる。

3.産業構造変化

 高い成長力を目指すのは、経済成長力を上げないと、賃金上昇や安心できる社会保障制度が実現できないからである。しかしながら上記でみたように、日本の産業が労働者の低賃金、過重労働などによって支えられてきたとすれば、人口減少のもとで生産力を増やすことは困難である。日本の経済成長は、いずれ行き詰まりGDPの低下は免れない。

 日本の産業構造を変えなければ、低成長やデフレ状況が続くだけでなく、貧困の広がりや中間層の弱体化、それに伴う格差の拡大など多くの課題が、さらに深刻化することになる。

 そのため1人当たりの労働者の能力を高め、労働力全体を拡大させなければならない。しかし失われた30年のあいだ、産業政策に対する投資はあったけれども、人的投資は低調で教育も劣化した。

 2020年頃から始まったコロナ感染のワクチンが、アメリカとイギリスの製薬会社によって、信じられない速さで開発された。日本制の開発はその2年後である。かってワクチン開発で世界的有名な北里柴三郎や野口英世を輩出している日本が、コロナワクチン開発に遅れをとったことは、非常に残念に感じる。資源の乏しいわが国においては、先陣を切る分野である。

 また過去には国内の研究開発が中断された後、海外企業が開発に成功し、高価格で逆輸入された医薬品もある(山中伸弥 読売新聞22年6月19日)。一方で多くの研究者が研究機会を求めてアメリカに渡っている。これらの事例は、まさしくわが国の人的投資の欠如から生じたものであり、同時に日本の損失でもある。

4.人的資源の投資

 近年デジタルやIT技術の革新が進み、労働者の教育を強化する意義が高まっている。現在熊本で半導体工場が建設されているが、それに対応できる人材の確保が喫緊の課題といわれている。科学技術の急速な進歩に見合うように、人々の側も進歩しなければならない。

 政府が民間企業に賃金を上げろといても、労働生産性が上がらなければ、持続的な賃上げは困難である。それを打開するためには、人的資本への投資を増やすことが不可欠である。しかし基礎研究や新たな科学技術などの研究は、成果が出るまでにかなりの時間と費用を要する。またその成果が成功するとは限らない。

 それでもデフレ脱却で経済の再浮上を図ろうとするならば、こうした困難な道に挑戦しなければならない。いままさに日本経済は、転換期にさしかかっているのである。