あまりにもブログを更新していないので、今年の4月1日に新社会人に向けて、毎日新聞の社会面に掲載された文章を転載します。



 同僚や先輩、上司が成しえないことをしよう。角川書店の新入社員のころからそう考えていました。そこで挑んだのが当時まだ角川書店のために書いてもらえなかった作家に執筆してもらうこと。その一人が、当時からベストセラーを連発していた五木寛之さんでした。
 実行方法は手紙です。五木さんの作品は小説だけでなく短いエッセー、対談も出る度に5日以内に感想を書いて送り続けました。作家に手紙を書くのは思いのほか大変です。おべっかなどではなく、相手にとって何かしら発見があり、刺激になることを書かなければならないからです。
 しばらくは全く返事が来ませんでした。17通目の手紙で初めて返事が届きました。「いつも読んでくれて本当にありがとう。いずれお会いしましょう」と奥様の代筆。ようやくお会いできたのは25通目。この出会いで当時、所属していた文芸誌「野性時代」に「燃える秋」の連載をしていただけることになりました。入社約1年後のことです。「燃える秋」は単行本になり、60万部も売れて映画化もされました。苦労した先にあった果実です。
 当時は自分の存在を証明したくて仕方がなかった。そのためには結果がすべて。ほかの誰でもできるような仕事ではダメです。それが自分の存在意義だと思ってずっとやってきました。
 社会人になるということは面倒なことや苦労すること、憂鬱なことを引き受けなければならないということです。むしろ積極的に憂鬱なものに挑んでいかなければなりません。もし、五つに分かれた道があるなら一番難関の道を選びとっていけば、苦しいかもしれませんが、成果はきっちりと出ます。
 学生時代は自分の価値観が通じる相手とだけ付き合えば良かったが、社会人はそうではありません。他人を知らねばならない点で恋愛と似ている。好きになった異性に自分を好きになってもらうために、他人に対する想像力を磨かなければならない。恋愛は一歩を踏み出す勇気が必要で、失敗すると傷つきます。でも相手が振り向いてくれれば、それは大きな喜びになる。
 「憂鬱でなければ、仕事じゃない」
 乗り越えた先に大きな成果があります。63歳になった私が新社会人に言葉を贈るならば、この一言に尽きます。