悠太郎

悠太郎

日記

Amebaでブログを始めよう!

今ドイツ語を始めたのは、一つのことを少しずつ積み上げて行くことの楽しみを確かめたいからだと思います。フランス語の場合は、かなり経ってから仏検の2級と1級(当時準1級はなかった)をダブル受験して、合格したのだけど、ドイツ語は4級と3級のダブル受験から始めて、1年で2級を取りたいです。

学習法の一つとして「タンデム学習」があると清野智昭先生から教えて頂きました。お互いの言葉のネイティブが、お互いに教え合うといったものです。教え合うというと固いかもしれないです。お互いの言葉で、時間を半々にして会話する感じです。1時間のうち30分をドイツ語で、30分を日本語で話し、間違っているところを指摘し合うといった感じです。ドイツ語の場合、日独協会がしっかりとアレンジしてくれるようです。大体同じ年代で、似たような趣味を持っていると長続きするとのことでした。

とりあえず『ニーチェをドイツ語で読む』細身和之、白水社と『日本人が知りたいドイツ人の当たり前』鎌田タベア、三修社を読めるようになりたいです。これらが難なく読めるようになったら、独検準1級レベルになるのだと思います!

   一念発起してドイツ語を始めたのですが、
放送大学の清野智昭先生のドイツ語テキスト2冊以外に用意したのは、辞書、単語帖、参考書です。

   辞書については、中型辞典だけでなく、学習辞典も使うことにしました。Aから順番に「読んで」行くのです。サルトルの幼児期の学習法ですね。
『嘔吐』ではないですが、ぼくもNの人になります!郁文堂の『エクセル独和辞典』です。動詞には活用形が全部載っていて、各所に文法解説もあります。偶々ブックオフで200円で売っていたのでこれにしました。以前のキャンパス独和とエクセル独和の良いとこ採りをした『新キャンパス独和辞典』が、2011年に発刊されてはいるのですが。

   単語帳は、『独検対応クラウンドイツ語単語1600』です。ジュンク堂書店池袋本店で数時間かけて各種単語帳を比較した結果、ぼくにはこれがベストに思えたのです。

   参考書は、『素朴なぎもんからわかるドイツ文法』、高田博行、郁文堂、2010です。
これもやはり時間をかけてみた結果、良いまとめ方をしてあり、文法の理屈も書かれているので、初級文法には良いなと思ったのです。
清野智昭先生の『ドイツ語のしくみ』と『中級ドイツ語のしくみ』もとても良いです。特に後者!

   何か、思いを新たにする度に、ブログを始めようと思います。その新たな思いがとても強い時には、ブログサービスさえも変えてきました。
でも、何事も一連の流れの中にあるのであって、
思いを新たにしたからと言っても、そこから真新しい人生が始まる訳ではないのです。

   今回、とある理由で、3月20日から4月20日まで時間が全く自由に使えることになりました。ぎゅうぎゅうに詰まっていた予定を殆ど全てキャンセルしました。放送大学東京文京学習センターで開かれているフランス語学習会だけは、出ようと思っています。それ以外のものは止めるかお休みするかにしました。宮下志朗先生のフランス文学翻訳講座もこれから1月半お休みしようと思っています。そして人文研究友の会仏語講読会もお休みになりました。また、埼玉学習センターで所属していた朗読サークルはやめることにしました。

   こうなると、身が軽くなって、何か新しいこと、或いはこれまでやりたかったけど出来ないでいたことをやりたくなってきます。ぼくは、それがドイツ語なのです。ドイツ語は、大学浪人時代にも触れていました。あの頃は、三修社が、『Mein Deutsch』という学習誌を出していましたが、それを定期購読していました。一方フランス語には、同じく『Mon Français 』というのがありました(フランス語は、中学に入った頃興味を抱いて、文法書を買っていました。その後発展することはなく、大学入学後にやり始めたのです。)。そんな過去はあるのですが、腰を据えてドイツ語を学習したことはありませんでした。今回、ドイツ語を!と思ったのは、放送大学での清野智昭先生の「ドイツ語I.II('15)」が、3月で終了してしまうからです。実は、2018年の夏に同じような環境にあった時に、清野智昭先生の授業を一通り視聴していたのです。テキストもない状態で!その時も、本気にはなっていなかったので、その後続かなかったのです。テキストは買い求めたのですが!そしていよいよ閉講秒読み段階になって本気になったのです。

   では何故、清野智昭先生の担当でなくてはならないのか?それは、NHKドイツ語講座での名物講師であるということもあるのですが、やはり白水社の『ドイツ語のしくみ』と『中級ドイツ語のしくみ』を読んで得た直感なのです。それに、一通りは視聴したので、親しみも感じてます。

    そんな感じで、一昨日3月22日(金)から、放送大学「ドイツ語I('15)」を1日あたり3章づつ進めることにしました!とりあえず、何度も何度も視聴しようと思います。完璧に覚えられるまで!


Ameba Owndで㏋を作ってみた。

今後使い続けるかどうかは不明だが、Tout est tranquille éternellment と名付けてみた(只今工事中)。

https://tranquille.themedia.jp/

これは、ちょっとしたダジャレで、éternellment(副詞で、永遠に、いつも)とtranquille(形容詞で、静かな、おとなしい、安心した)から、「悠」と「太平」をイメージしたもので、これで悠太郎を表そうとしている。勿論原典はある。Louis Aragonの詩、Quai de Béthuneの一節を使わせて頂いた。とりあえず、原文をあげておく。

 

 

 

Quai de Béthune, Louis Aragon

 

Connaissez-vous l'île

Au cœur de la ville

Où tout est tranquille Éternellement

L'ombre souveraine

En silence y traîne

Comme une sirène

Avec son amant

 

La Seine profonde

Dans ses bras de blonde

Au milieu du monde

L'enserre en rêvant

Enfants fous et tendres

Ou flâneurs de cendres

Venez-y entendre

Comment meurt le vent

 

La nuit s'y allonge

Tout doucement ronge

Ses ongles ses songes

Tandis que chantant

 

Un air dans le noir

Est venu s'asseoir

Au fond des mémoires

Pour passer le temps

Et le vers qu'il scande —

L'amour qu'il demande

Le ciel le lui rende —

Bat comme le sang

Est-ce une fenêtre

Qui s'ouvre et peut-être

On va reconnaître

Au pas le passant

 

Est-ce

Baudelaire

Ou

Nerval un air Nerval un air

Qui jadis dut plaire

A d'anciens échos

 

Vienne le jour blême

Montrant qui l'on aime

Rendre son poème

A

Francis

Carco

(直訳:仮訳に責任は取らない。また直訳であり、韻は全く無視している。)

 

ベチューヌ河岸、ルイ・アラゴン

 

あなたはすべてが永遠にしずかな街の中心にあるその島を知っていますか?

 

至高な影が無言のうちの伸びています。まるで恋人に寄り添うセイレーンのように。

 

深いセーヌ河は世界の真ん中で夢み心地でその金色の腕に島を抱いています。

 

はしゃいでいる優しい子供たちあるいは灰のような散歩者たちよ。そこへ行き風がどのように死に絶えるのかをお聞きなさい。

 

夜は長く伸びています。爪を夢想をそっと噛んでいます。一方では一つの調べが。

 

夜の中歌いながらやってきて暇をつぶそうと記憶の奥に腰をおろします。

 

そして調べに拍子をつけて「愛を求めれば空はそれを返してくれる」と歌えば詩は血のように脈打ちます。

 

開くのは窓ですか。人はきっと足音で通り過ぎる人が誰なのかわかるでしょう。

 

それはボードレールそれともネルヴァル?古いこだまにともなってかつて人々に気に入られた一つの歌。

 

蒼ざめた日よ来たれ。愛されているのは誰かを示しつつフランシス・カルコに彼の詩を返すために。

 

 

 

 

  何故こんなものを作ってみたかというと、明日友人にfb、㏋(単純に取り扱えるためブログを推奨しておいた。よってアメブロを使用する予定)、dropboxのアカウント作成の手助けを行うためだ。

 

 

 

 

 Ameba Owndで㏋を作ってみた。

今後使い続けるかどうかは不明だが、Tout est tranquille éternellment と名付けてみた(只今工事中)。

https://tranquille.themedia.jp/

これは、ちょっとしたダジャレで、éternellment(副詞で、永遠に、いつも)とtranquille(形容詞で、静かな、おとなしい、安心した)から、「悠」と「太平」をイメージしたもので、これで悠太郎を表そうとしている。勿論原典はある。Louis Aragonの詩、Quai de Béthuneの一節を使わせて頂いた。とりあえず、原文をあげておく。

 

 

 

Quai de Béthune, Louis Aragon

 

Connaissez-vous l'île 
Au cœur de la ville 
Où tout est tranquille Éternellement

L'ombre souveraine 
En silence y traîne 
Comme une sirène 
Avec son amant
 

La Seine profonde 
Dans ses bras de blonde 
Au milieu du monde 
L'enserre en rêvant

Enfants fous et tendres 
Ou flâneurs de cendres 
Venez-y entendre 

Comment meurt le vent
 

La nuit s'y allonge 
Tout doucement ronge 
Ses ongles ses songes 
Tandis que chantant
 

Un air dans le noir 
Est venu s'asseoir 
Au fond des mémoires 
Pour passer le temps

Et le vers qu'il scande — 
L'amour qu'il demande 
Le ciel le lui rende — 
Bat comme le sang

Est-ce une fenêtre 
Qui s'ouvre et peut-être 
On va reconnaître 
Au pas le passant
 

Est-ce 
Baudelaire 
Ou 
Nerval un air Nerval un air 
Qui jadis dut plaire 
A d'anciens échos

 

Vienne le jour blême 
Montrant qui l'on aime 
Rendre son poème 

Francis 
Carco

(直訳:仮訳に責任は取らない。また直訳であり、韻は全く無視している。)

 

ベチューヌ河岸、ルイ・アラゴン

 

あなたはすべてが永遠にしずかな街の中心にあるその島を知っていますか?

 

至高な影が無言のうちの伸びています。まるで恋人に寄り添うセイレーンのように。

 

深いセーヌ河は世界の真ん中で夢み心地でその金色の腕に島を抱いています。

 

はしゃいでいる優しい子供たちあるいは灰のような散歩者たちよ。そこへ行き風がどのように死に絶えるのかをお聞きなさい。

 

夜は長く伸びています。爪を夢想をそっと噛んでいます。一方では一つの調べが。

 

夜の中歌いながらやってきて暇をつぶそうと記憶の奥に腰をおろします。

 

そして調べに拍子をつけて「愛を求めれば空はそれを返してくれる」と歌えば詩は血のように脈打ちます。

 

開くのは窓ですか。人はきっと足音で通り過ぎる人が誰なのかわかるでしょう。

 

それはボードレールそれともネルヴァル?古いこだまにともなってかつて人々に気に入られた一つの歌。

 

蒼ざめた日よ来たれ。愛されているのは誰かを示しつつフランシス・カルコに彼の詩を返すために。
 

 

 

 

  何故こんなものを作ってみたかというと、明日友人にfb、㏋(単純に取り扱えるためブログを推奨しておいた。よってアメブロを使用する予定)、dropboxのアカウント作成の手助けを行うためだ。