「三平。そんなことより、前にここで話したとき、あんた山賊みたいに、森の中に秘密の隠れ家(かくれが)を持ってるって、あたしに言ったでしょ?」

「えっ? あっ、ああ」

 突然に、澪から意外な問いを投げ掛けられて、三平は驚きながらも頷いて、

「なんだ、おまえ、あの時 おれの話を全く聞いてない感じだったのにな」

と、どうにか平然と応えて見せた。

「ちゃんと三平の話しを聞いてたのよ、あのとき。あたし覚えてるもん。あんたの仲間たちだけの隠れ家で、他の男の子には秘密だって。ましてや女の子なんかには、その在り処(ありか)を絶対に教えたりはしないけど、あたしだけは特別で、あたし一人だけなら、そこへ連れて行ってくれるって言ったの、あんた覚えてる?」

「ええっ? あー、おれが、そんなこと言った?」

 三平の頭の中では、渓流の両岸に、まだ山桜が満開の頃、その咲き乱れて舞い散る桜の花の下で澪と交わした、わずかな会話が鮮明に甦ってきている。しかし、澪の顔を、まともにしっかりと見ることができない三平の記憶の中では、ひらひらと散り落ちる桜の花弁は、はっきりとしているが、残念なことに澪の顔だけは靄(もや)がかかったように、ぼんやりとおぼろげである。

三平は今なら自分が澪の顔を、まじまじと見つめることは構わないはずだ、と意を決し、澪と真正面から瞳を交わして、

「おれ、あのとき、そんなこと言ったかな?」

と少しとぼけて見せた。

「あら、言ったのよ。あんた忘れたの? あの時は、あたし、そんなあんたの秘密の隠れ家なんて子供っぽいもの、興味ないからって、冷たく断わったけど、もし今そこへ、あたしを連れて行って欲しいって言ったら、あんたどうする?」

「………?」

「あたし一人だけなら特別にって言う、あの言葉は本当だったんでしょ?」

「えっ、ああ……。あれは本当だよ」

「あの隠れ家の話は嘘じゃなかったのね?」

「ああ、もちろん嘘なんかじゃない」

「そう……。あたし今は、あんたの秘密の隠れ家を、やっぱり見てみたいから、まだ女の子の中では、あたしだけって言うんなら、あたしを連れて行って欲しいな」

「あっ、ああ。……いいよ、お前だけなら連れて行ってやるよ」

「それなら、これから直ぐに、あたしをそこへ連れて行って」

「これから直ぐ?」

「そうよ、いま直ぐに。だって、どうせあんた遊んでいるだけでしょ? これから隠れ家へ行って、またそこで遊べばいいじゃない」

「そうだな。しばらく、あそこへは行って無かったから」

「それでは決まりね」

 澪は自分の為になら、三平は、どんな犠牲をも惜しまずに何でもしてくれる、という自信が、ますます湧いてきて、ついに最終的な目的を三平に告げる決心が付いた。

「それと、あたし三平に、もう一つお願いがあるんだけど、聞いてくれる」

「えっ、もう一つお願い、おれに?」

「そう、あんただけに」

「…………」

「もう一つお願い。叶えてくれるでしょ?」

「……いいけど」

「三平あんた、あたしとの約束は守れる?」

「約束?」

「あんたと、あたしの約束。結んだら、あんた、ちゃんと守れる?」

「澪とおれの約束……? うん、おれ、澪と結んだ約束なら絶対に守る。百叩きの拷問をされても、首を、ちょん切られても、おれ、澪との約束だけは必ず守るよ」

「よかった。それなら、あんたの子分たちにも命令して欲しいんだけど。協力して、あんたたちには武士を担いでもらいたいの」

「えっ、武士を担ぐだって?」

「そう、武士を一人、あんたの秘密の隠れ家まで担いで運んで欲しいの」

「武士って誰のことなんだ?」

「馬鹿ね。本物の大人の武士よ」

「ええっ?」

「あんたたちが今でもやってる子供の合戦ごっこの武士じゃなくて、本物の都の武士よ」

「本物の都の武士だって?」

「そうよ」

「なんだって一体、都の武士を、おれたちが担いで運ぶなんてことになるんだ」

「訳はいいから、とにかく、その武士を見たら、あんたにも、早く武士を隠れ家に運んで、手当てをしなくてはならないことが分かるわ」

「……その武士は一体どこから来たんだ?」

「あんたって本当に馬鹿ね。だから都からに決まってるでしょ」

「そうか。その都の武士を、どこまで担いで運ぶって?」

「あんたの秘密の隠れ家までよ。ちょっと、あんた、あたしの話しを、ちゃんと聞いていたの?」

「でも、なんで、あの隠れ家へ? 村に運ぶんじゃないのか」

「村へ運んでは駄目よ」

「どうして? 村へ運んで、大人たちに知らせなくては」

「駄目。だって……」

「だって? なんだよ?」

「いいから、三平。あたしの言うとおりにして。それから、この事は絶対に誰にも言わない、あたしと、あんただけの秘密よ。それと、あんたの子分たちにも決して口に出してはいけないって命令しておいて、村の中では、このことを絶対に秘密にさせるのよ」

「…………」

「分かった? あんたとあたしの約束だからね」

「……分かった」

 澪は、三平の決心が揺るがないように、最高に自信のある表情で三平に微笑み掛ける。

 三平は、澪と秘密の約束を結ぶことになった自分自身が嬉しくて嬉しくて、一気に有頂天になった。しかし、謎の武士を隠れ家まで担いで運ぶという澪の依頼を承諾し、その会話が途切れると、すぐに澪との間の沈黙に堪え切れなくなった。三平は、自分を見つめている澪の顔を思わず避けて、岩の端に黙って立ったままの次郎に視線を移し、

「おいっ、次郎。見てろよ!」

と一息に渓流の水の中へ飛び込んだ。

三平は、澪に勇ましいところを魅せたつもりのようだったが、澪は、そんな子供っぽい三平に呆れ、少し苛立った感じで、

「ちょっと三平、早く川から上がって来てよ。あたしは、ぐずぐずしてる暇ないの」

と声を張り上げた。

それでも、川の中で他の少年たちと、ふざけ合っている三平を見て澪は、

「まったく、いつまで経っても子供のままね」

と呟きながら、今度は側にいる次郎を見て、

「あんた、この岩から飛び降りるなんて、そんなこと止しなさい。こんなところから川へ飛べなくたって別にいいのよ」

と声を掛けた。

 次郎は、まだ緊張と屈辱に思い詰めた様子で、

「でも、みんなに、ここから飛んで見せないと、合戦ごっこの時に、武士の役をさせてくれないって、仲間はずれにするって言うんだ」

と応えた。

「ここから飛んで見せる勇気があったからって、どうせ、いつまで経ったって、あんたたちなんか本物の武士になんか成れっこないんだからね。死ぬまで一生、百姓のままなのよ」

「澪ねえちゃん、さっきから、三平おにいと、武士のことを話していたね」

「あら、あんた、あたしたちの話を聞いてたの?」

「都の武士が、どこにいるの?」

「この直ぐ近くにいるのよ」

「なんで知ってるの?」

「それは秘密。さあ、三平を川から上げて、すぐにあの武士ところへ戻らなくては」

「えっ、どこへ戻るって?」

「いいから早く、あんたもまだ三平の子分なら、あたしに付いて来て」

 澪は足早に岩の上から、渓流の岸辺へ下りて行く。