森の中の道を行く影虎と露姫は、やがて、薄暗い密林の中から、森が途切れ、空が開けているところへ出た。道の横は川原で、渓流が流れている。
影虎は足を止めて空を見上げた。
森の向こうに巨大な岩山があり、その岩壁に滝が在るのを見つけた影虎は、露姫に遠い眺望を指し示した。
「見て下さい。あんなところに滝が流れています」
「まあ。この川は、あの滝へと続いているのかしら」
「方角からすると、どうもそのようですね。この川原で水を飲んでから、もう少し川沿いの道を歩いてみましょう」
「そうですね」
二人は川岸まで下りて行って水を飲み、竹筒にも水を満たした。
影虎は、膝が浸かるほど川の中まで入って行って顔を洗い、さらに露姫を促して、足首が浸かるくらいまで川に入らせた。
心が躍るような興奮を抑えながらも影虎は、従者として任務に当たる冷静さで、露姫の着物の裾を少しだけ、たくし上げ、その輝くように白く滑らかな肌の足や脹脛を洗っている。影虎は、露姫の若く柔らかい肉の感触に、冷やした頭や体が瞬時に熱くなったのを感じ、その性的興奮を悟られまいと焦って、
「露姫さまが、こんなに歩けるとは思いませんでした」
と、何気ない会話をしようとするが、声は妙に上ずっている。
「驚くのは無理もありません。影虎には内緒で、私は都では、よく市女笠のむしを垂れて顔を隠し、侍女を一人だけ連れて大路や小路を歩き回っていましたから、脚は丈夫なのです。あちこちの市を見て回り、都の隅々まで歩きました」
「そんな危ないことを。実は私も含めて護衛の者は知らぬ振りをしていただけで、みんな露姫さまの無謀な一人歩きに手を焼いていました。大変心配させられましたが、まあ、その遊びも役に立ちましたな」
影虎は明るく笑いながらも、露姫の、もちもちとした柔肌の感触を楽しむように、その白い脹脛を撫で洗っている。
「…………」
露姫は、影虎が夢中で手を動かしているのを、しばらく黙って見下ろしていた。既に、肉体的にも精神的にも、少女から女に成っていた十五歳の露姫は初めて、本能によって、男の性欲と言うものを感じている。
影虎は黙ったまま、露姫の肌を味わい続けていたが、その肉欲を露姫に悟られたかと焦り、急に武士らしい凛々しい顔を上げ、笑って見せた。
「どうですか、脚の疲れが取れたでしょう? さあ今度は、あそこの岩の上に腰掛けて、体を休めてください」
「…………」
「……露姫さま、どうかしましたか?」
「そなたは辛く無いのか?」
「辛い? 脚や体がですか?」
「いいえ。今の、この二人きりで逃避行を続けねば成らなくなってしまった境遇がです」
「……そう見えますか?」
「そなたは何か、この厳しい都落ちの旅を楽しんでいるようにも見えます」
「…………」
影虎は事実、この二人だけの旅路に幸福しか感じていなかった。
再び、鬱蒼とした森の中の道を歩き続けていた影虎と露姫は、木立ちが少なく、わずかに開けたところで、古びた山門を見つけた。
天空から真夏の白く激しい陽光が降り注いでくる。影虎と露姫は立ち止まり、汗を拭いながら、山門と、その奥の岩山の上へと真っ直ぐに続いている石の階段を見上げた。
影虎は眩しそうに目を細め、長い階段の頂上に、もう一つ別の山門が在るのを確認した。
「露姫さま。やはりこんな所に、ちょうど良い山寺が在るようです。先ほど目にした、滝が流れ落ちている岩山の上あたりでしょう」
「滝の横にある山寺ですか?」
「そのようです。かなり長い石段ですが、登れそうですか?」
「心配は要りません。登れます」
「では、参りましょう」
山門を潜ると、影虎が露姫の手を取って、二人は長い階段を登り始めた。
岩山の頂上へと真っ直ぐに続く石段は、かなりの急勾配で、二人は、ゆっくりと登らざるを得ない。
ようやく半分ほど登った所で、振り返って下を見た露姫は、少し怯えた様子を見せた。
「この石段、踏み外して転げ落ちたら、下に着く前に死んでしまいますね。もう三百段くらいは登りましたか?」
「露姫さま、下を見てはいけません」
「険しくて、まるで参詣を拒んでいるかのような石段ですね」
「さあ、とにかく上だけを向いて登りましょう」
影虎は露姫に先を促すが、露姫は何か躊躇っている。
「…………」
「露姫さま。どうかなさいましたか?」
「なにか胸騒ぎがします」
「胸騒ぎ? この険しい石段が、不吉な事への前兆のように感じると?」
「いえ……、まさか」
「…………」
「迷惑をかけて済みません、影虎。さあ先へ」
「はい」
二人は慎重に石段を踏み締めて登って行く。