……では本日は、夏の思い出第二弾として、このお話を書いてみます。
リクエストいただきましたし、今日は警察署で免許の更新もしてきたので(笑)車にまつわる話を書きたくなりました。
やはり長文になりそうです。
お酒のおともに、お付き合いくださいませ。
もしお手元にあれば「かまいたちの夜」サウンドトラックあたりをBGMにどうぞ♪

ちなみに夏の思い出話第一弾は→こちら


これも、岩崎が地元長野に住んでいたときの話。
わたしたちはドライブをするのが大好きで、その日も夜のドライブをしようということで集まったんです。

その日集まったのは5人。
車は5人乗り。

きっちり定員を乗せて、車は走り出しました。

岩崎が着席していたのは、後部座席の真ん中。
タクシーでもそうですが、最も小柄な人間が押し込まれるポジションです。

わたしたちのドライブコースは、実はだいたい決まっています。
長野市を出発し、途中経過は日によって気分で、橋を渡って須坂市に行ったり、小布施のあたりまで走ってみたり……。
昼間から時間がとれる日は、思い切って軽井沢や直江津あたりまで走ることもあります。
でも最終目的は、低めの山のてっぺんにある公園になることがほとんどでした。
そこは、市街地を見下ろすことが出来る、絶景スポット。
最後にそこで一休みして帰る、というのがわたしたちの定番パターンです。

この日のメンバーは……実はうろ覚えです。
いつも8人程度のメンバーが集まり、シャッフルして遊んでいたので。

おそらく、運転していたのはKくん。
助手席がHくん。
後部座席は岩崎を中心に、左隣にSちゃん、右隣はOくん……だったと思います。

さて、この日のドライブコースですが、いつもとは異なり、見覚えのない道を走っています。
走りはじめた直後の話題で、おそらくちょっとゾッとするトンネルでも通ってみようということになったのでしょう。
街灯の少ない、左右にうねる山道を、車はのぼり始めました。

Kくんの運転が上手いので、山道で右へ左へ身体をふられても、そう辛くはありませんでした。
それよりも街灯が少ないことで、道の両端に生い茂る木々が黒く迫ってくるような印象。

その日は、都内よりは過ごしやすい長野の夏とはいえ夜までけっこうな暑さがあり、車の窓を閉め切ってエアコンをつけていました。
外の音が聞こえない、その孤立感がまた、黒い森が迫るような印象を加速させます。

山の頂上まで一本道なので、迷いようがありません。
そうなるとおしゃべりで盛り上がる……ところなのですが……いつもはくだらない話でいつまでも話していられるメンバーが集まっているというのに、この日にかぎってはなぜか沈黙が多く、違和感を感じたのを記憶しています。
ぽつり、ぽつりと会話をしながら、車はおそらく山の中腹と思われるあたりにさしかかりました。





――ふと。





車内にいる全員が、ぴたりと黙りました。
そして「それ」が通り過ぎるのを、息をのんで待ったのです。
視界に入っていたのはものの数秒のことなのですが、全員確かに「それ」を見ました。

「……見た?」

最初に口を開いたのは、Sちゃん。
「それ」が通り過ぎてから数秒が経過してからでした。

その問いに対する全員の無言は、いずれも肯定を示していました。

岩崎自身も、しっかりと見たのです。
振り払おうとしても、網膜に焼き付いてしまっています。



わたしたちが走る車の反対車線。
民家のない山奥だというのに。
白いTシャツの……おそらく男性が、マラソンのような走り方で、道を下っていく姿。

黒い木々を背景に、白のTシャツが妙に浮いていて、まるで男性が浮遊しているようにも見えてしまいました。

視界にいきなり飛び込んできた白と……そして、

その男性は、腕も、足も、赤い血を流していたのです。


「ホントにマラソンしていたんじゃないのかな?」

それで、途中で転んで怪我をしていたのではないか、と。
岩崎が、なんとか場の空気を持ち上げるために言った説は、慎重派のOくんにすぐさま否定されます。

「走るような道じゃないよ。それに、こんな時間に?」

車内のデジタル時計は既に23時半ごろ……。
長野の、中心街でもない場所が暗くなるのは早いのです。
その頃は特段マラソンブームというわけでもありませんでした。

冷静に考えると、車や自転車の伴走車なく、民家のない夜中の山道を走るなんて、熟練しているマラソンランナーだとしても非常に危険な行為のはずです。

ひとり、ふたりと声を発すると、車内は少しずつ落ち着きを取り戻してきました。
幸いだったのは、運転手のKくんが常に冷静沈着だったため、わたしたちの安全に一切の不安がなかったことでしょう。
彼は視界に謎の人影が見えても、たとえUFOやピンク色の魔法少女がいきなり出現しても、目の前でサイヤ人と地球人とナメック星人が戦いはじめたとしても、おそらくその運転が乱れることはないでしょう。
むしろ、弾かれて飛んできた流れ弾の繰気弾をスッと避ける、くらいのことはやるかもしれません。
彼がそういうタイプで、わたしたちは命が救われました。
ビビリ岩崎がハンドルを握っていたとしたら、今頃わたしたち自身が山奥で浮遊する存在だったかもしれません。


アレを見てしまったとはいえ、わたしたちはどうすることもできず、そのままゆっくりと車を走らせ続けました。


「あ、そういうことだったんだ!」

助手席の(存在を忘れられがちな)Hくんが声を上げました。

彼が指し示した場所に、意外なものがあったのです。

それは、反対側車線にありました。
そこには車が一台……ひっくり返った状態で転がっています。
まるで山に突き刺さるような格好で、本来見えるべきではない車の底部を空へ向けています。

わたしたちは素早く状況を整理しました。

あの男性は、ひっくり返った車のドライバーだろう。同乗者はナシ。
単独で事故を起こしてしまったけれど、連絡を取る手段がなく、仕方なく山道を走っていた。
血を流していたのは、事故の際に怪我をしたから。
わたしたちに声をかけなかったのは、車の定員いっぱいまで乗っていたため、救助を望めなかったから?

こう考えると、まあ納得はできそうな気がします。
……いくつかの疑問は残りますが。

たとえば、車が転がっている場所と、方向です。
その道は山道で傾斜があるとはいえカーブから遠く、比較的ゆるやかで見通しの良い位置。
ほぼ直線といってもいい道です。
それなのにその車は、わたしたちが走っていたのと反対側の車線に、テールランプをこちらに向けて転がっていたのです。
つまり、このゆるやかな道で、反対側車線に突っ込んでいったということ。
この状況で、車をひっくり返すことのほうが難しい気がします。

そして、男性の行動そのもの。
たとえ定員いっぱいに乗っていたとしても、助けを求めてくれればよかったのに。
決して無茶なスピードで走っていたわけではありませんし、呼び止めることはできたはずです。
それに……この街灯のない暗い道を走ってきた車にきっちり定員が乗っていることを、一瞬で見定めることが果たしてできるのでしょうか。

男性の姿をもう一度思い出してみます。
間違いなく血を流していたのですが、その足取りは軽く、本当にマラソンをしているかのよう。
膝も高く上がっていて、軽く握った拳を腰元で小さく降る、いわゆる本当にマラソンランナーの走りでした。
……血を流すほどの怪我をしているのに?



考えれば考えるほど、不可解なことばかりが気にとまります。
メンバー内ではぼんやり担当の岩崎ですら気づいたことです。
隣を見ると、頭の切れるSちゃんも、難しい表情をしていました。
ですが、口に出してはこう言いました。

「戻って、助けたほうがよくない?」

これは正論です。
怪我人に気がついたのなら、放っておくことはできません。

幸い、ここは一本道。
追いかければ確実に捕まえることができます。
山の中腹を過ぎていますから、たとえマラソンペースで走ったとしても、人の足で下りきるにはけっこうな時間がかかるはずです。
助けてあげられるでしょう!


わたしたちは、たまたま近くにあったチェーン着脱スペースで転回し、来た道を戻り始めました。
その際、もう一度ひっくり返った車を確認することになります。
やはり、どうしてこうなったのか状況が想像できないほど、見事に転がっていました。


全員が、怪我人を発見しようと窓から目をこらします。

「そろそろ追いつくんじゃないかな」

自身も車マニアでスポーツも嗜むOくんがそう言います。
怪我人の走るペースと、追いかけるスピードを考えて、そろそろ追いつくだろうと計算したのでしょう。

その声にわたしたちは、よりいっそう注意深く周囲を観察しました。



いない。
いない。
いない。



いないのです。
どこにも、あの怪我人マラソンランナーが。


一本道なのに?
一本道なのに!


ここまで、民家も、飲食店も、ゲームセンターもないことは確認済みです。
追いつかなきゃ、おかしいのです。


だけど。




結局マラソンランナーを発見できないまま……
わたしたちはふもとに戻ってしまいました。




翌日、地元のニュースや新聞で、事故に関する記述を探しました。
だけど、あの場所での事故や怪我人のニュースは、一切見つかりませんでした。

人目に付かないところでの単独事故だったので見逃されたのか……それとも……。






……はい、お付き合いどうもでした!
これが岩崎が、ずっと以前の夏に実体験したお話。

おもしろかった?

ちなみに、マラソンランナーの正体は、いまでも謎です。
……なんだったんでしょうかねぇ。


このブログを書いている時、ちょっとゾッとしたことがありました。
「助けて」という文字を入力する際、何故か最近使った覚えがない「タスケテ」という半角に変換されてしまうのです。

何度書いても

タスケテ
タスケテ
タスケテ

……と。



……うん、自分で書いていて怖くなってきたので、今日はここまでにします。
長文にお付き合い、ありがとうございました!







タスケテ……。