見出ししか見ないとあえて書いているのは、本当に見出ししか見ていないことが多いからで、見出ししか見ない理由は読むと感情のスイッチが入って、余計な人格否定等を書きたくなるから、それなら見出しだけ見て中身を推測した方が冷静に物事を判断できるという理由からきています。中身も見ないのにどうやって批判するのだというところでは、各媒体の傾向を把握していれば、各イデオロギーに沿って物事を書くので、見出しから大体の内容は想像できるのであり、これまで答え合わせとして中身を読んでみると私の推測した内容と本文内容をほとんど外すことはなかった、ということはやはり最初から答えありきでイデオロギーに沿ってストーリーを作っているということで、見出しに主張したいことがにじみ出ていることが多い、ということは私もかつては新聞媒体を端から隅まで読む習慣を一時期つけていたということ。しかし、最初の一か月目に、書いている内容を思案していると、これは何かおかしいぞと気が付いて、それでも長年、新聞を読んでいる人もいるのだから、それなりの意味もあるんだろうと読み続けました。それが3か月ごろになるとこれは信仰に近いなと見るようになり、というのも、価値判断をあたかも事実認識のように書いて断定しているところがあり(強制連行の吉田証言、プロメテウスの罠での福島で鼻血 )対立する意見があっても自説に都合の良い方を採用するところがある。こんなプロパガンダみたいなのを長年読んでいる人の教養ってどうなっているのと疑い、昔の朝日新聞の記者、深代惇郎の本を取り寄せて読んでみると、なるほど、例えば、「女性有罪」と題し、西山事件を総括していて、政府の知られたくない文章を極秘として国民の眼のとどこないところにしまわれてしまう透明性のないことは健全とは言えないけど、外交上の秘密の漏洩は国益を損なうこともある。その中で公判の記者に知る権利として無罪と判断されたのは記者としてはありがたいことだとしている一方で、報道、取材の自由としながら、入手した機密情報を社会党議員に手渡し政府攻撃の材料に使われたのは後味が悪いと、そして最後に国家機密を漏洩させた外務省勤務で既婚者の女性事務官は西山との男女関係にあり、その関係を利用されて機密漏洩させたことで唯一、有罪判決を受けたことに対して、一人うなだれて有罪判決を聞く女が哀れであると締めくくっている。(この西山への判決は地裁でのもので地検は控訴、高裁で有罪、最高裁でも棄却され有罪確定)短いぶんでバランスの取れた見解です、と個人的に思う。他にもモハメッドアリを取材したくだりもあり、見ている視点も優れていて、クオリティペーパーの矜持を持っている人もいたんですねということで納得しました。
情事ごときで国家機密=国を売るのがいることに驚きますが、面白いのが、深代惇郎と同様に一人有罪となった逆ハニートラップを仕掛けられた女性に対しての同情心からか?密約(中身はアメリカが払うとした金を日本が立て替えていたというちんけな秘話なのですけど)ではなく逆ハニートラップというスキャンダラスに目が向くメディア勢と世論、この話は国の秘匿性と国益、それに対して知る権利、報道の権利が対峙する難しい問題で秘密にされているものを探るには中の人の公益通報的なものが必要になるけど、今やったら秘密保護法(5年~30年)に引っかかります。
深代惇郎みたいな人はもう業界には少数なのかもしれませんけど、私は一つだけ思い当たるところがあり、それはAIと会話しているともちろん間違えるところもありますけれども、回答は深代に感じたようなバランスの良さがあり、どうせ各省庁が新聞記者にレクチャーを入れて記事のネタを仕込んでいるのですから、同じものをAIに読み込ませて記事にすれば、間違いなく高給所得者の新聞記者よりもバランスのとれた偏見のない記事を国民に提供できると考えられる。国は税金を取っているのだから、それぐらいの情報提供はサービスしてはどうだろうか、処理水の時も東電の広報資料とかが汚染水と対峙する時に役に立ったでしょ。妙なファクトチェックよりも公益です。しかし各省庁、媒体、政治が今の構造を手放したくないなら、実現することは随分と先になるのでしょう。