ただただ、準備の大切さを痛切させられる有事ですが、有事ということが理解できない人々もいて、準備が整っていない、または経済の規模によって整うことができなかったところは、既に、様々な活動が停止せざるを得なくなっている国もあり、今回の有事、日本においても苦境ということには変わらないけど、幸いなことに全体の機能が停止するということには至っていない、石油備蓄という準備があったからだ。ただそれだけで、有事ということには変わらない。それを有事に平時と同じ水準を政府に求める方々がいる、それも求めるというよりは攻撃材料として。有事とは「国家や社会の安全・秩序が脅かされる非常事態」のことを指していまして、よく平和ボケと言われていますが、たまたま準備があったというだけなのに、有事に攻撃材料の為に平時を追及して留飲を下げる、そういうのも平和ボケというのです。今回の有事に他国の住民が給油スタンドに古びたガソリン缶を持って行列になっている写真を見かけます。要は国のエネルギー関係が脆弱で停電が起きるから準備のために小型の発電機とか所有していて、そのためにガソリン携帯缶を所有している、自己防衛の一つでしょう。ところであなた方はガソリン携帯缶を家に持っていますか?日本はガソリンを使用した事件の関係から書類を提出しないと買えなくなりましたが、私は小さな耕運機の為に一応は持っていますが、一般の家庭では必要ありませんね。それはインフラが整っているからです。そこに胡坐をかいて有事なのに平時と同等の水準を攻撃材料の為に利用する、余裕があるのでしょうけど、恐らく、インフラが整っているというのはある面では優位であるけど自己防衛もしないで生きていけるから、準備がないと、その優位の分は脆弱でもあるんです。だから政府から覚悟を持ってと言われるとヒステリックに下記のようなことを言い出す人も現れます、弱さの裏返し
誰のせいでこうなったと思ってるのか。 意図的に石油を止めておいて、市民の『覚悟』が必要だと…? ガソリンの需要の抑制どころか、人工透析が必要な34万人以上の命を無駄に危険にさらしておいて、なぜ私たちが覚悟しなくてはいけないのか。
そうですよ、有事では人が死ぬこともあります、知らなかったのですか?それも大勢になるかも、だから市民の覚悟なんて有事では当たり前なのですが、それを少しでも被害を減らそうと政府が何かしらの準備を始めると、手足を縛ろうと必死になり攻撃する人が現れる。有事なのに平時の水準を攻撃材料の為に利用する面々もそうです。勿論、活動家の心情のままの政治家が、手足を縛ろうと必死になっている方々に盲従し、その方々の「安心」のための計画のないエネルギー政策に対する批判のように、それなりに理屈の通る批判であれば理解もできますが、いちゃもんの域を超えることができないというのは平和ボケの証。政府はあなたのお母さんでは・・・