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トロントより愛を込めて【日本円で無償支援致します】

まさか、この歳で出産に立ち会うと思っておりませんでした


出産されたのは石巻在住だった石橋香苗さんです。「在住だった」という事ですから、今は彼女は札幌に在住です。2011年3月11日の震災で彼女は夫を亡くしております。長女の由香ちゃんは前夫の子で、今回産まれたお子さんは・・・父無しです


話が長くなりますが、端的に説明致します


まず前夫は震災で亡くなりましたが、酒、女、暴力によって離婚を考えてる最中にあの大震災があったようです。香苗さんが骨折するほどの暴力を振るう男ですから、震災で亡くなったとは言え、香苗さんも正直な気持ちでは「夫が亡くなって安心した」と言ってました


人が死んで安心するのは良くない事かもしれませんが、まだ幼子の長女の由香ちゃんを育てながら、夫の暴力に耐えたのですから、私は香苗さんの意見を尊重したいと思ってます


あの大震災で前夫を亡くし、直ぐにボランティアで札幌から来ていたある男性と恋に落ちます。今振り返れば、その男性は香苗さんを騙す為にボランティアを利用して近付いてきたのですが、その男性と香苗さんは人生を心機一転させるために札幌に移住。そして直ぐに妊娠・・・それが約1年ほど前です。そこで気が付いたのが、香苗さんの財産目当てでその男は近付いてきたという事実です


香苗さんは震災で前、悪夫を亡くし、故郷を離れ、色々な意味で精神的にも弱っており、弱点に付け込まれたと後から話してました。両親から受け継いだ財産や、震災での保障のお金などなど、いくらかあったようですが、詐欺まがいな行為でその男に全て奪われ、そして妊娠もし、気が付けば、その男の居所は全く分からないと言います


もちろん、私は香苗さんも悪いと思います。もう大人の女性ですから、自分の身は自分で守らないといけません。どんな男性が近づいてくるかも分かりませんし、そういう悪男が寄ってくるような原因も香苗さん側にちゃんとあるのです。因果というのはそういうものです。一方だけが全て悪いというのはありません


約1年前、香苗さんから支援の依頼がありました。私は支援を受けましたが、あまりに香苗さんが不憫であったため、必要以上に香苗さんに連絡を取りました。日本に行けば必ず会いました。香苗さんの両親は震災で亡くなっており、もう頼れる人は青山さんしかいないとも言っておりました


そんな中で、今月の初旬に私が日本へ行くという事を伝えると


「是非、出産予定日の3月13日に立ち会って欲しい」と言われました


私はビックリして「それは出来ない」と断りましたが


「夫もいない、両親もいない、今では青山さんが私の父なのです。お願いします」と涙ながらに言われ、私も覚悟をして立ち会いをしました


そしていざ、出産の立ち会いをしましたが・・・


もう私が泣いてばかりで全く見る事もできず、何も役に立たない老人となってしまいました・・・


自分の妻や娘の出産ですら立ち会いなどしてこれなかった私の多忙な人生です。それが血の繋がりもない香苗さんの出産に立ち会い、心から感動し、そして責任を感じました


何としても、この母子を幸せにしないといけないという責任です



私は支援活動をしていて沢山の方々から教わる事が多いです

本当に支援活動に生きてきて良かったと思ってます


苦しい事も多々ありますが、色々な経験をさせて頂き

そして沢山の人との新しい出会いが私に生きる力を与えてくれるのです


香苗さんは無事出産を終えましたが、前途多難です。これからが勝負です


彼女は女一人で子供二人を育てなければなりません。でも大丈夫です。彼女なら出来る!私はそう信じてますし、出産して直ぐに香苗さんが我が子を見て


「頑張ってくれてありがとう!」と言った言葉、あの表情、私は忘れません。そしてあの強い香苗さんなら絶対にこれからの社会を強く生きていってくれるはずです


女性とは本当に素晴らしいと思います。女であり、妻であり、母であり、全て大変な事です。その3役をこなすのですから、女性とは本当に凄いです。崇高です。この女性を守らずして世界の未来などありません



状況は違えど、この青山に協力出来る事があれば遠慮なく相談をメッセージを下さい

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予定より早く日本に来ましたので、まずは被災地を周り予定通り札幌へと向かいました


震災から後数日で2年ということで、当初から支援し続けている地域に行きたいという強い思いがあります
未だに復興支援が足りていない地域もあると聞いてますし、自分の目で確かめたいという強い思いが私を東北まで行かせました



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石巻の写真




私が行なっている支援活動は世界というフィルターを通して考えると、規模も小さく取るに足らない行為だと思います。しかし、一人一人がささやかでも、自分の身近の一隅を照らし続け、その一隅を照らす人が増えていき万の灯りとなれば、国全体を照らすことになると私は思います


一人の力は小さいけれど、自分の役割を懸命に果たすことが、組織全体にとって最も貴重であると私は思ってます。それが私の信念であります



仙台から飛行機で千歳へ

北海道では例年の約3倍の雪が降ったようで、除雪除雪の毎日で市の予算も底がつきて赤字だとタクシーの運転手さんが言ってました。3月とは思えない程の積雪で、溶けるのに4月一杯はかかるだろうと言ってました。私もトロント在住ですから、雪国の大変さは身に染みて理解してるつもりです



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札幌市内の住宅街の雪山



東京では中国からの黄砂の影響で空が全て茶色に変色していると聞きます


東北大震災から始まり、過度の寒暖差や花粉の異常発生、中国からの黄砂や、北海道や東北での異常気象などなど、昨今では天変地異が目立ちます。何かの予兆ではないか?と勘繰りたくもなりますが、それはマスコミのミスリードや過剰なまでの反復洗脳放送ですから、騙されないで下さい


マスコミが「大気汚染が酷い」と何度も言えば、過度に国民は反応します。今ではテレビが過度に情報を放送するので、国民も過度にそれを捉えて、国民の社会生活リズムを一気に崩してます。震災の時の買い溜めなどが良い例です。昔の人達は情報がないために、平然と生活をしてましたが、現代人は過度な情報連鎖という悪魔の囁きに翻弄されるため、誤った判断や行動を連鎖的にしてしまってます


物事のちょっとした考え方、捉え方でいくらでも対処が変わるのに、一方通行の情報だけを聞いて、そして一切考える事なく、ただ、聞いたままに捉え、信じ、そして皆と同じ行動を起こします。まるでオリジナルな考えや行動のできない、制御されたロボットの様に国民が動きます


これは日本に限らず、実はアメリカやカナダでも同じような状況に陥ってます

まさに、先進国であるがための落とし穴であり、情報過多な国であるからこその悲劇だと思います


人間が人間らしく、自分の頭や経験で物事を考える事ができない時代に入ってます

全て、マスコミという情報過多な組織のコントロールによって、そのまま情報を信じるという、創造性や想像性、そしてオリジナルに生きるという信念も失ってしまった富国の先進国、そして国民達・・・


これが悲しくなくて、何が悲しいのですか?


「仕方が無い」などという声が聞こえてきそうですが、もし仕方が無いなら未来はないと思った方が良いです。何故なら、この慣習は、この習性は、この現状は、人間を明らかにダメにするからです。自分の頭で考えられない、自分で情報を精査できない、自分が生きる命がけの信念がない、これらの人が増えるという事は、その国、その地域、その家族の哲学的な崩壊を意味してます


【ただ生きれば良い】という呑気な暮らしができたのは高度成長期から現在までのお話です。これから先は、そんなおとぎ話のような時代は無くなります。日本という富国が貧国になる理由は、富国時代の怠慢がそうさせたのです。これは歴史を見れば明らかであり、人類における哲学を学べば明らかなること


それを青山は心から悲しみます。悔しいです。日本という、日本人という強く清らかで信念ある人種が、欧米色になり、信念を失い、刹那的に生きて、他国から常に翻弄され、国民は愛国心を忘れ政治、経済、マスコミに洗脳され、コントロールされ、家庭では哲学を子供に教える事もできず、学校では過度な親が教育を歪曲し、子供を甘やかし、何でも与え、そして資産のある老人や人生の先輩達は、その財産を過度に持ち、老後の保障ばかりを訴え、既得権益を維持でも守り、若いものに時代を譲らず、若い者は未来を失い、希望を失い、惰性で生きる道を選択し、まるで日本はこれから地獄の世界を進むためにあるような状況にあると私は思ってます



こんな灰国と化した、日本に、まだ希望の光はあるのか?


私は僅かながら・・・まだ、多少はあると思ってます。だから私は日本人に気概を忘れないで欲しいと思ってます。私の支援の中で、その意味を少しで分かって貰えればと思ってますし、私の支援によって、その方の生活が変わり、考え方も変わり、人生も変わり、そのエネルギーが、何かしらの形で日本の好影響すれば良いと思ってます


私には政治や経済を変える力はありません。けれども、たった一人、そのたった一人の人間を、国民を助ける事ならできます。でもたった一人の人間が持ってる可能性を馬鹿にしてはいけません。その一人の人間が、時代を変える事だって出来るのです


その支援した母親の子供が、将来、大人物になるかもしれない

その支援した会社の社長が、事業復興し、大きな経済効果ある事業を新たに興すかもしれない


気概は形のないものですが、人間の心の奥底に永遠に残る、受け継がれる

言わば魂の叫びなのです


これは誰にも遮る事のできない心のエネルギーです

そういうものが、人生を変えるのです。日本を変えるのです


小さな事が大きな事を結果的に変えるという哲理は絶対哲学なのです



話が長くなってしまいました

今回の滞在はとても短い期間ではありますが、精力的に動き回るつもりです
支援を真剣にお考えの方は、気兼ねなくご連絡下さい



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来週、日本に急遽行きます。会える方は会いたいと思います。10日しか滞在できませんので早めにお声かけ頂けると助かります。今日から、メッセージをお待ちします


友人のお葬式で参ります。場所は札幌です。お葬式自体は2日もあればという感じです。それからこの度連絡のあった方が住む地域に移動してようと思ってますので、支援希望で連絡してきた方の住まい次第で移動場所が決まる予定です。それではご連絡宜しくお願いします



今回の友人の死は悲しい事ですが、もう覚悟は出来てます。というのも、もう3年も寝たきりで植物人間のような状態でした。ですから日本に返る度に面会し、無言の会話を彼としてきました


もう覚悟は出来てます。これは私個人の意見ですから、賛否両論があるかもしれません。でも言わせて下さい。これでやっと、彼は強制的な生から解放されました。彼は死の世界を経験し、そしてまた生まれ変わって違う肉体で生きて下さい。やっと奴隷のような生から解放されたのです


私は日本の生死に関する法律にはあまり賛同できないタイプです。欧米はもっと自由です。移植にしても自由です。人は必ず死にます。昔は平気で人が死にました。江戸時代などに遡れば、病気で死ぬなんて事は当然の事でした。でも現代は違います。あまりに医療が発達してしまい、人の生死に関する偽善や過保護が酷く、無理に生死をコントロールし過ぎなのです。恐らく医学界と政治などの利害も絡んでおりますが、癌治療にしても何にしても、医者が儲けるようなシステムになっていたり、治療も延命も法律と連携した裏を感じます


何でもかんでも人を生かせばよい訳ではないのです。家族の負担や税金の負担も日本は凄い事になってます。高齢化社会になり、これからどんどん社会保障の面で苦しくなるのに「執拗に生きる」ための概念が正当化され過ぎです。それが日本という国を圧迫してる事に国民も気がつくべきです


人は長生きしたから偉いのではなくて


どう生きたか?とどう死んだか?が一番重要なのです。そういう教育を家庭では一切してません。家族も社会も学校も、とにかく過保護過ぎるのです。生き様や死に様を教える大人は皆無です。人の価値は生き様と死に様で決まると言っても過言ではありません。ですから大義ある死であるなら、例えそれが10代であってもあっぱれな人生です。そういう本物の哲学が忘れられ、ただ生きれば良いという風習が無駄に跋扈しております


これは日本人として恥じるべき状況だと思った方が良い。戦争時、沖縄の人はアメリカに対抗するために死を選びました。正しい死かどうかはここで議論せずとも、彼らの気概、生き様、信念、これは凄いものです。彼らの死は歴史に残りました。歴史に残る死、亡くなった後に何かが残る死というのが人間の本来の有終の美なのです


この意味を、もっと本気で考えて生きて頂きたいものです


私は60を越えて、沢山の死を見てきました。親の死、友人の死、子供の死、仲間の死、支援者の死、そして自分自身も難病となり常に死を隣り合わせです。その中で悟る事があります


人は生きた年数じゃない。どう生きたか?どう死んだか?これが全てだと


どうか今の日本人に目覚めて欲しい事があります

もっと真剣に生きて下さい。死ぬ気で生きて下さい

覚悟が足りない。覚悟が足りな過ぎるのです


そんな人に、明るい未来が来ると思いますか?

くる訳がないのです。当然の理です


覚悟ある生き方の人に幸せが訪れず、覚悟ない人に幸せが訪れるなら、全員、適当に生きれば良い事になる。全員、覚悟なしに好き勝手生きれば良い事になる


はたして、本当にそういう事があるのですか?それが哲学ですか?それが真理ですか?

そんな訳がないのです

いい加減な人間や必死じゃない人間にはいずれその罰がきます

今はハッピーでも、人生長いのです。必ず、しっぺ返しがきます

楽して生きてる人間、適当な人間、怠慢な人間、人を大切にしない人間、自分の意見も持ってない人間、お金の事ばかり考えてる人間、親や友人などから金銭を貰って甘え楽して生きてる人間、自分に厳しくない人間などなど


必ず、しっぺ返しとなって自分の人生のどこかで罰として跳ね返ります。脅しではありません。私の意見を馬鹿にするならして下さい。必ず、しっぺ返しがきます。人生、そんなに甘くありません


私はもう60年以上生きてるのです。あらゆる人間や行動を見てきました。結論として、自分自身に厳しく、必死で、一生懸命じゃない人間はいずれダメになります。



本気で必死で死ぬ気で生きてる人間が賞賛されるのです

そういう気概があれば、私はあなたの人生を支えましょう

あなたの人生を変えます


何故なら、本気で必死で死ぬ気で生きても、機会や縁に【現段階で恵まれてない人】というのが居るのです。その現段階で恵まれてない状況を、私が助けます。そうする事でその方の今までの本気で必死で死ぬ気だった事が報われます


自分が本気で必死でやってきた、またはやる気があるのなら、私に連絡下さい

その瞬間から、あなたの人生が変わる事でしょう


それではご連絡お待ちしております

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私、青山は、まさに男尊女卑という言葉が当たり前だった時代に生まれ、育ちました。私の両親も、そして社会も、あらゆる風習が男尊女卑でした。それに対して、世間も、誰も、間違ってるとは声を出して言わず、ただただ、その風潮に従うだけでした


私の母は非常に良妻賢母でありましたから、物事を子供に諭すのに、必ず母なりのオリジナルな比喩表現を使って教えてくれたものです。母は日本という国で起こる戦前から戦後にかけての男尊女卑の在り方や、欧米思想が入ってからのその変化の過程を洞察しており、まだ幼子の私に歪曲した教育にならないよう、色々な比喩表現を使って教えていました。当時の教育が間違ってる声を大にして言えば社会からも世間からも家族からも弾圧を受ける時代でしたから


昔は父親が箸をつけるまで、家族の誰もがご飯を食べる事は許されませんでした。お風呂なども同じです。一番風呂なんて言葉がありますが、まずは家の大黒柱である父親が入り、それから母親が入り、最後は子供です。家族の中で優劣があるのです


子供が親の手伝いをするのは当たり前であり、母親が父親のために朝早起きし、夜は父よりも遅くまで起きて家事をし、文句も言わずに家庭を守るのが当たり前の時代でした。そんな中でも母は何一つも子供に文句や悪態を見せる事もなく、いつも優しく、笑顔で、朗らかに生きてる方でした


そんな素晴らしい母の元で育った私にも、幼少から疑問に思ってる事がありました


「何故、父親が偉くて、母親は偉くないのだろうか?」という疑問です

子供ながらに、父親が偉くて母親は父親の言う事を聞かないといけないという主従関係のようなものに疑問を頂いてる子供でした。ただ、私の父親は非常に出来た人間で、母に対し非常に厳しいながらも非常に優しい面も多くあったため、子供の私から見ても「許せた」というのが本音です


けれども、友人の家や、近隣の家では、妻が夫に殴られてるとか、母親がボロ雑巾のように扱われてる家などもあったため「何故、女性の方が扱いが酷いのだろうか?」という疑問は中学生くらいから更に強くなっていったのを覚えてます


私も大人になり、色々な事が分かるようになると、何故、日本が男尊女卑であったのかを分かるようになりました。そして、その理由を私なりに考え、調べ、そして研究しました。出た答えは一つです


男という生き物は、本能的に相手を支配化に置きたいのです。この支配欲を現代では要約してプライドと言うのだと思います。男は相手よりも物理的に上に立っていたいのです。それは本能的なものであって、止められるものではないのです。それが理性というものでコントロールされてるだけで、プライドという名の支配欲が傷つけられたり、あるいは侮辱されるような事が起これば、それは怒りに変換され、アクションとして出ます


そしてこれは本能から起こるものですから、これを制御するものはただ一つなのです。それは精神修行や経験で培われる成長した理性でしかないのです。ですが、近年の日本では、この理性というモノの中に、女性を敬うという気持ちや、女性をリードするというような価値観は一切盛り込まれておりませんでした。いいえ、実際は遥か昔の哲学では女性の人権や価値も重んじるべきという教学はあっても、それは時の権力者達や、その時代の男性達の風習によって都合よくかき消され続けたものであり、遥か昔の釈尊の時代から、女性を重んじるべきという哲学は存在していました


悲しい事に、それは現代において、まだまだ、認められておりません


勘違いしないで欲しいのは、私は何も女性と男性を社会的な行動において平等にしなさいとは言っておりません。それは無理です。何故なら、肉体が全く違うからです。精神も違います。それぞれに適材適所というものがありますから、男に役立つ仕事は男がやり、女性に役立つ仕事は女性がやるべきだと思います


ですが、人間として見れば、女性も男性も平等であり、どちらが偉いというのはないはずです


男として生まれた私からすれば、私という生命そのものを産んで下さった私の母親には生涯、尊敬の念を抱き続けました。そして世の母という人達全て、私は最大の賞賛をしたいと思ってます。人間が人間を宿し、そして出産をする。この神秘的な活動をできるのは女性だけです


そしてその赤子は、いずれ世界をも動かす政治家になるかもしれないのです。その未来の種となる人類の宝物を誕生させたれるのは女性だけです。男性は、そのお手伝いを少しばかりかするだけの存在であり、決して、威張れる存在ではないのです


私が女性を守るべきだというには私なりの論理があります

何度も言いますが、社会活動において女性と男性を平等にしなさいなどとは全く思いません

それはむしろ無理です。無理というか、その選択ではかえって非効率です


女性は力持ちではないし、生理もある、ホルモン分泌の問題や、色々とデリケートな面があります。子育てもあれば、仕事の能力も脳科学で見れば男性の方が優れてます


このような事を考えると、何も無理に適材適所のルールを破ってまで女性の社会進出を平等化にする必要などないと思ってます。でも考えて見て下さい。あまりに良い顔都合の欧米思想が女性リードをグローバル化してるだけで、実際は男性には勝てません


現在の社会で敏腕を振るうあなた、経営者のあなた、政治家のあなた、芸能人のあなた、スポーツ選手のあなた、立派なサラリーマンのあなた?


多くの人が女性から産まれ、母親に育てられ、愛を貰い

そして今があるのです


その母なる女性達が虐げられる、苦しい思いをする、明るい未来を見いだせない

そういう社会にしてしまうのは非常に悲しい事だと思いませんか?


もちろん、江戸時代や昭和初期に比べれば、現代女性の方が楽かもしれません

物理的に楽になった代わりに、現代女性は強い精神性を失ってしまいました

昔の女性の方がずっと強い人間だったと思います


だからこそ、昔の女性は男尊女卑に耐えられたのです

不平等でも耐えられたのです


いいえ、もしかすると、それが当たり前だったために、不平等とすら思ってなかったかもしれませんね

男尊女卑の風習に洗脳されていたのかもしれません


女性達の長年蓄積された憤懣の思いが現代になって歪曲した形で放出されてるのも事実だと思います。何事も女性運動と言って声高らかに行動すれば正当化されるというような逆に怖い風習が出来つつあるのも事実です。これは非常に怖い事です


けれども、いずれにしても、昨今の女性には私は強くなって欲しいと思ってます

そして強く生きて頂き、是非とも、不甲斐ない男性に変わり、リードして頂きたい

お子さんを産んで欲しい、育ててほしい、未来を作って欲しい


そのために、私も助力します。支援致します

独身女性でも、既婚者にしても、母性があるはずです

近い将来の日本の子孫繁栄のためにも、私は日本の女性を助けたいと思ってます

そして本音で語ります。言いたい事はハッキリと言いますので

是非とも、ご連絡頂ける女性の方も、この青山に本音でぶつかってきて頂ければと思います!


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私が重度の障害の方や、難病のお子さんの支援などを日記で書いてるという事もあり、下記のようなメッセージがよくあります


「五体満足の私のような人間が支援依頼をしても良いのでしょうか?」



このような内容です。正直、このような遠慮には私も困惑してしまします。何故ならば、私はブログでも支援活動の≪幅≫を伝えないといけないので、色々な支援の形や、ドキュメント性の高いお話なども紹介してます。そうなると、どうしても難病患者の支援や、お子さんの支援活動、あるいは海外でのボランティア活動などをピックアップする事になります


そうすると、その日記を見たいわゆる普通の相談者が、気を引けてしまうという問題が発生します


「私のような五体満足の人間が支援依頼などして図々しいのでは?」という問いになってしまうようです


結論から言いますと


「とんでもない!」です。私は過去の日記でも幾度となく書いてますが


支援内容や支援者に差別はないという事です


ただし、私は支援希望者には気概を求めます


それだけです


それさえご理解して頂ければ、私はいつでも、どこでも、誰でも、どんな内容でも支援依頼をお受けします



遠慮は無用です。遠慮は人生をダメにします。最大のチャンスを逃します。縁も機会も失います


躊躇も迷いも必要ありません


それでは、支援希望のメッセージをお待ちしております



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