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前回の記事でも説明しましたが 、重度の心疾患で入退院を繰り返していた女の子からとっても可愛らしいお手紙を頂きました。大きな封筒にシールや写真、折り紙など色々なものを混ぜて送ってきてくれました


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私から今回の事で何かを多く語る必要もありません


この手紙に全ての意味が含まれてますので、私はただ嬉しくて涙が出るだけでした。元気な姿の写真や家族との写真、そしてご両親からも別で感謝のお手紙を頂いてます。主役はまなみちゃんなので、苦しい病気にも立ち向かって見事に元気を取り戻したまなみちゃんい敬意を表したいです


そしてまた近いうちに、ご家族とまなみちゃんと再開できる日を楽しみしてます



さて話は現実的な事に戻ります。私にはこの子の他にも支援しないといけない人が沢山いますし、今もリアルタイムに支援のお話を進めてる方がいらっしゃいます。スタッフの増員や支援体制の強化によってまだまだ許容量はあります。ただいつも皆さんにブログにて報告はさせて貰ってますが、いつどこで私の支援活動に飽和が来るか分かりません。場合によっては1年先まで支援希望者の募集は延期となってますなどという悲しい報告をしないといけなくなる事も考えられますので、それらの事を考えると私から言える事はただ一つなのです


「支援を希望するなら、1日も早く青山宛てにこのブログメッセージからお声かけ下さい」


私からこのブログを使って皆様に訴えられる方法はこれだけなのです。後は支援希望者の行動力を待つだけです。こういしてる間にも次々と支援相談者からのメッセージがきます。善は急げ、それだけでしょう。それでは失礼させて頂きます

支援希望でメッセージを下さる方にお願いがございます。支援を受ける理由や詳細、そして私から現金振込による支援を受けた後に、一体何にどうお金を使って、そしてどう変わっていきたいのか?このようなお話を赤裸々にして頂けると大変ありがたく思います


そのお話の説明の仕方やスタンスはもちろんお任せしますが、そういった具体的な思いやその先の流れを把握できる支援する側である私もイメージが具体的に湧くため非常に助かります。また、私のブログのコメント欄に支援をお願いしたいというコメントを多く頂きますが、そのコメント者にメッセージから返信をしようとしても「受信拒否設定になってます」という場合が目立ちます


恐らく、その方も自分のブログのメッセージ機能の設定が「受信拒否」になってる事を知らないのだと思います。設定の解除をして頂かないと、せっかくコメント欄にて支援希望の旨を貰ってこちらから返信ができません。今一度、ご自分のブログの設定などを見て頂けないでしょうか?また、メッセージでご返信をしても、アメーバブログのメッセージ機能は迷惑フォルダの方に分別されることが多々あります。この2点を皆様にチェックして頂けると支援話もスムーズに進展して非常に良いです





近況報告となりますが、以前から重度の心疾患で手術や入退院を繰り返していた日本の女の子がいまして、ずっと支援をしてきたのですが、その母親から全ての手術等も成功し、医者からのお墨付きで無事に長期退院が可能になったという連絡がありました。本当におめでとうございます!


そして娘さん(まだ小学1年生です)が私に感謝の手紙を書いて送るという事で涙が出るほど嬉しかったです。そして母親からも、今回の支援の成果と、娘の病気が経済的な問題を解決することで手術等が出来、そして無事に治り退院できたという事実をどうかブログで具体的に発表して欲しいとも言われました


母親からの許可も得たので、後日、娘さんから頂く手紙なども含めてブログで詳細に写真付きでしっかりと皆さんにもご報告をしたいと思ってます。支援活動によって助かった小さな命がある事実をこのブログをご覧になってる様々な困難者に見て頂く事で、私の支援活動が皆様の心に届けばなによりです


そしてこのブログを通して、勇気を与える事ができ、そして願わくば勇気を持って私にお声かけ下さい。きっとお役にたてると思います。私は見捨てません。困ってる人を見捨てません

本日は心新たに、改めて皆さんに申し上げたい事がございます


「青山が無償で経済支援致します」


というブログタイトルに変更しました。私、青山はトロント在住でありながら日本の皆さんの経済支援をしてきましたが、まだまだ力不足であり、そして知名度もまだまだ低い状態です


私が沢山の方に知られ、有名になる事にはデメリットもあります。それは良い意見ばかりではなく、事実無根による中傷なども発生してしまうという事です。けれどもそれを恐れては何も始まらない、先に進まないという事をこの活動の中で学ばせて貰いました。確かに逆境はあります。たまにこんな事も考えます


「私は自分の財産を使って無償支援してるが、一体これは正しい事なのか?」


こんな自問自答したり葛藤しながら活動してます。私も皆さんと同じ感情ある一人の人間です。迷う事もあります。辛い時だってあります。でも負けたくない、自分の逃げようとする心に負けたくないという強い思いはあります。その思いだけで戦ってるようなものです


どうして負けたくないか?それは誓ったからです


3月11日、日本を襲った大地震。あの酸鼻で悲惨な出来事。私は無力でした。何にも出来ない人間でした。ただテレビで荒れ果てた東北の地を見て、混乱する日本を見て、涙を流すだけでした


私は日本人です。両親も強い強い日本人でした。それはそれは厳しい教育でした。武士道の延長線上の教育でしたから、男たるものは涙を流すな、痛みに耐えろ、どんな時も信念を持て、女子供を助けろ、一度覚悟したら命を賭けてでも邁進しろ、このような厳粛な教えです。当時の日本はどの家庭も、こういった教えでした


そんな強く気概ある日本人が時代の流れで貧弱になり、そして国内政治も国内経済も、そしてグローバル経済でも隅に追いやられ、どんどん精神が貧弱化した国になっていきました。あの強い国民性もどんどん失われ、気が付けば世界から期待すらされない国に・・・


そんな時に3月11日の地震があり、世界は日本を讃嘆しました


「秩序ある行動の日本人!屈強に負けない日本人!団結力のある日本人!」


私は海外メディアから日本の酸鼻な映像、画像は見てました。日本では放映されませんが、海外では惨い映像も普通に放映されるのです。


「あんな地獄絵のような悲惨の状況で私の同朋である日本の皆さんは戦ってる。けして気概を失ったひ弱な人達ではない。これは私も何かをしなければならない!」こう思ったのです


あの地震がある前から、私はずっと世界の恵まれない子供達や障害のある子供、あるは重度の難病を抱える人などにボランティア活動を通して援助したり、あるいは寄付なども個人的にしてました。けれどのあの地震を見て、私は法人的な要素を持って大々的に、そして本格的に活動をして苦しい状況下にある日本の未来の種から救っていこうと誓ったのです


種とは?


それは若い世代です。10代から40代にかけた若い世代の事です。若いお子さんを抱えた主婦やサラリーマンの方、若い起業家、将来に熱い夢と希望を抱いてる青年、このように、一般の生活をしてる方でも熱い夢を抱いてる方でも、この若い世代は日本の将来を、未来を変える重要な役割を担った方達です


その方達(種)に私は優先的に支援をしていきたいと思ったのです。その種植えが将来の苗となり、苗がいつか頑丈な木となり、巨木となり、そしてその巨木の枝からは綺麗な花を咲かせ、周りの人々に影響と感動を与える人間と成長してくれることを祈ってるのです


有名になんてならなくて良いです。大金持ちにならなくたっていい。とにかく、今、皆さんが自分にできる精一杯の事をして下さい。その精一杯に対してどうしても物理的な不利条件によって物事が進まない人達、その方に私は金銭による支援をして、その人の背中に追い風を送るのです


お子さんを素晴らしい人間に育て上げる母親、それだけでもその母親が残した功績は誇りそのものです。家庭を作り、友人に対して結果を持って感動と影響を与えたサラリーマンのあなた、それだけでもあなたの功績は誇りであります


どんな規模であっても、人が一生懸命に生きて、そして少しでも良いから他の人間に感動と影響を与える生き方、結果を残すという事が人間が生きる使命だと私は思ってます。その使命を日本の若い人たちが1人でも多く実現してくれれば悪い世の中になる訳はない。例え利権を持つ人達によって世間を牛耳られたとしても、そういった精神性があればそんな悪には屈しない、負けない、めげない生き方をしてくれると私は信じてます



私は物理的な弱者の味方です。物理的弱者とは「経済難の人」の事です。人間的に弱いから、ダメだから経済難であるとは思いません。今の先進国で起こる不平等なシステムを見れば、物理的な弱者が増えるのは当然の事であり、そんな状況が続けば誰だって心も折れますし、荒みます


物理的な弱者であっても「日本人には気概はまだまだ残ってる」という事を地震の時の日本の皆さんを見て私は思いました。私は物理的な弱者に対して無償で支援をします。色々とこの青山に対して意見を言う人も存在してますが、関係ありません。私は守るべき人を守る、助ける、支援する、それが私の生き方であり使命です


青山が無償で経済支援致します。どうぞいつでもメッセージを頂ければと思ってます


それでは失礼したします

人からのアドバイスが説教に聞こえてしまう人


こういう人は心に余裕がないので人生が苦しい場合が多いと思います。何か干渉されたり意見をされる事にストレスを感じるので、直ぐに気分が悪くなってしまうのです。社会の中で生きてると人と交わらずに生きるのは無理ですから、必ず社会組織に属すると人から意見されたり干渉されます。その全てが説教のように聞こえてしまうと、人と関わるのが億劫で仕方がないのではないでしょうか?


私は哲学的な事や宗教的な良いお話を書いてるブログや本を見るのが好きなのですが、そういった物すらも読んでいて気分を害する人もいると思います。「何を偉そうに書いてるんだ」という思いや「そんな事は言うだけなら簡単だ」とか「説教くさくて読んでいるとイライラしてくる」などなど


とにかくそんな風にしか思えない、捉えられない人というのは不幸だと思いますが、意外とそういう人は心が純粋だったりもして、正直というか、真面目というか、そういう生き方をしてきた為に過去にどこかで裏切りにあったとか、純粋であるがために人との関係全てを過敏に捉えてしまったり


小さい頃、父親とお風呂に入りワイワイとはしゃいでいた娘が、ある時に父と母の性交を夜に見てしまった。それ以来、娘は父を汚い存在だと思い込んでしまって一切口をきかなくなる。父親からすればとんだ被害であって、母親としても困った問題でしょう。でもこれは娘、子供が純真であるから起こってしまった出来事であって、このように生まれつき過度に純真な心を持ってる人などは、ちょっとした刺激でも心がびっくりしてしまい、それらの蓄積などがトラウマ化して、勝手な固定観念を作り上げてします。そしてその観念で常に物事を見て判断してしまう悲しい大人になる場合があります


こういう風に育ってしまった人は、物事の捉え方がヨコシマだったり、または常に人の事を警戒してるので、冷静な判断で物事を見れなくなってしまってる場合が多々あります。「マイナス感情のスイッチ」が入った状態でアドバイスをしても、そのアドバイスをその人にとってはただの説教にしか聞こえないという風になります


聞く耳がないのです。人のアドバイスを声として音として耳には入ってますが、心には全く響いてないという事です。そのアドバイスの内容がどんなに素晴らしい内容であっても聞いてる側が心を閉ざしてる以上は、そのアドバイスはアドバイスじゃないとの同じです


ではそういった人に対してコミュニケーションを取るにはどうすれば良いのでしょうか?


私の場合はこうしてます


その人の生き方や過去全てに肯定も否定もしません。一つの出来事としてサラリと聞き流します。別に無関心を装う訳でもなく「そういう人生もあるんだね」とうなずくだけです。そして私の話は特にせずに、もっとあなたのお話を聞かせて欲しいと言います。そして自分の事は聞かれた時に話します。しかも赤裸々に話します。言葉に裏もなく、全て思った事を正直に淡々と言います。


これだけです。そして急ぎもしませんし、淡々とその方と時間をかけて分かり合えば良いくらいにしか思いません。コンセプトは【こちら側に余裕があるか】です。余裕がある雰囲気を相手側に全面にぶつける。それがポイントです


後は、向こうが離れていけば追いませんし、向こうが近寄れば拒みません。この距離感が心を閉ざす人への接触方法としてベストだと私個人は思ってます


そもそも、ひと癖もふた癖もある相手です、機嫌を伺ったり相手を持ち上げたりしても無駄です。淡々とそして赤裸々に正直に、急がずに付き合うのが一番ベターな方法だと思ってます


そのうち、先方が私の存在に興味頂いたり、他と違うと思えば先方から近寄ってくるでしょう。その時も淡々と当たり前の顔で「待ってましたよ」という風に対応すれば良いのです。自分のテリトリーを侵害されることを心を閉鎖した人は極端に嫌いますし、人を常に警戒してますから、人の「出方」を常に警戒して見てます。だから淡々としてるのが一番良いのです


いずれにしても、相手も同じ人間です。色々と歪曲した心があるかもしれませんが、けして相手をバカにしたりせずに同じ人間として受けれる事です。そしてヘンに気をはることもなく、相手の存在価値や存在そのものを十分に認める事、そういう心持でいると、きっとその思いが目に見えないオーラとなって相手にも伝わると私は信じてます


これが私の、偏屈な人に対する対応の仕方です。もしそれで先方から意地悪を言われたり、または試されたり、色々な切り返しがあっても私は淡々とスタンスを変える気はありません。嫌われればそれまでですし、それも縁ですから仕方がありません。何かを恨む訳でもなければ、ただ単に残念に思うというだけです


所詮、人間は自分の感情に勝つか負けるの連続で生きてるだけですから、誰かを恨むとか事象の責任にするとか、そんな考えそのものが愚かであって、どんな時も、どんな境遇でも、常に問題は自分にあって、その揺さぶられる感情をどうコントロールして自分の人生に活かし上手に生きるか、それだけなのです


だからイライラしたりとか、自分の思い通りにならないとか、楽しくないとか、元気がないとか、全部は自分の感情に負けてるだけの話なのです。全部は自分の思い次第、考え次第、行動次第ですから、他に対しては淡々と平静に、そして笑顔と思いやりをもって対応をすること、それが一番です


恐らく、人のアドバイスが全て説教に聞こえる人はこういった記事そのものも嫌いだと思います。そう感じてるうちはずっとその人は次のステップにいけません。固く閉ざした心の門を開けてくれる仲間、友人、知人、出会えると良いですね。私は日頃の支援活動の中で、そういう役目も自分が果たせたら良いなと思って人と接してます


60を過ぎた人間ですが、まだまだ未熟者であると自分では思ってますので、どうか皆様の叱咤激励を頂きたいと思ってます。今後も支援活動を真剣に行いますので、応援のほど宜しくお願いします

改めて、今年の支援活動のお知らせをします



もう長く私のブログをご覧になってる方はご存じかと思いますが、まだこのブログと出会って間もない方や、まだまだ目的趣旨や概要を理解してない方のために2012年の支援活動詳細をご報告させて下さい



まず私はトロント在住ですから、このブログを通してのファーストコンタクトから支援相談の詳細を伺い、そして実際にプライベートな連絡を重ねてから具体的な支援金を決めてお金による支援をします。流れなどはそれぞれの状況で変わりますからここで具体的な事は書けませんが、基本的に支援希望者の口座へ現金による振込となります。金額は1度の支援で2000万円をMAXとしてますが、場合によってはそれ以上の方もいます



支援を決定してからお金を振込むまでにかかる時間も希望者の事情によって様々ですが、一度決まった支援が流れるような事はほぼありませんのでご心配はいりませんし、スムーズに進めば直ぐに済みます



2012年は去年以上に速度をはやめ、そして拡大をもって支援をしていきますので支援希望者を受け入れ実際に現金支給する許容量はかなり増えてます。スタッフの増員もし、毎日大忙しとなってますが、まだまだ受け入れる余裕はございます。ただし、来月などどれくらい許容量が余ってるかは未知であり、もし支援を希望させる方がいるならば、早いに越したことはありません



ですからこのような定期的な支援のお知らせを何度も最新記事にてご報告させて頂く意図をご理解頂ければと思ってます。常に全ての方が毎回の記事を見たり、あるいはブログの趣旨などをご理解してるとは限りませんので、このように同じようなご報告を定期的にすることが何よりも大事であると思ってます



私も日本人ですが、どうやら日本の方は謙虚というか遠慮がちな人が多いです。もっと気軽に声をかけて下さい。私も遠慮せずに思った事言いますし、それで支援の話に花が咲けば、それで納得してお話を進めれば良いだけの事です。ただ今までのブログでも何度も言ってきてますが、気概ある方への支援を私は希望しております。大変お手数ですが「気概ある方への支援」というのがどういう意味を指すか?それだけは過去に遡り私の記事を読んで頂けると幸いです




トロントの写真です



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電車の中からです



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