人からのアドバイスが説教に聞こえてしまう人
こういう人は心に余裕がないので人生が苦しい場合が多いと思います。何か干渉されたり意見をされる事にストレスを感じるので、直ぐに気分が悪くなってしまうのです。社会の中で生きてると人と交わらずに生きるのは無理ですから、必ず社会組織に属すると人から意見されたり干渉されます。その全てが説教のように聞こえてしまうと、人と関わるのが億劫で仕方がないのではないでしょうか?
私は哲学的な事や宗教的な良いお話を書いてるブログや本を見るのが好きなのですが、そういった物すらも読んでいて気分を害する人もいると思います。「何を偉そうに書いてるんだ」という思いや「そんな事は言うだけなら簡単だ」とか「説教くさくて読んでいるとイライラしてくる」などなど
とにかくそんな風にしか思えない、捉えられない人というのは不幸だと思いますが、意外とそういう人は心が純粋だったりもして、正直というか、真面目というか、そういう生き方をしてきた為に過去にどこかで裏切りにあったとか、純粋であるがために人との関係全てを過敏に捉えてしまったり
小さい頃、父親とお風呂に入りワイワイとはしゃいでいた娘が、ある時に父と母の性交を夜に見てしまった。それ以来、娘は父を汚い存在だと思い込んでしまって一切口をきかなくなる。父親からすればとんだ被害であって、母親としても困った問題でしょう。でもこれは娘、子供が純真であるから起こってしまった出来事であって、このように生まれつき過度に純真な心を持ってる人などは、ちょっとした刺激でも心がびっくりしてしまい、それらの蓄積などがトラウマ化して、勝手な固定観念を作り上げてします。そしてその観念で常に物事を見て判断してしまう悲しい大人になる場合があります
こういう風に育ってしまった人は、物事の捉え方がヨコシマだったり、または常に人の事を警戒してるので、冷静な判断で物事を見れなくなってしまってる場合が多々あります。「マイナス感情のスイッチ」が入った状態でアドバイスをしても、そのアドバイスをその人にとってはただの説教にしか聞こえないという風になります
聞く耳がないのです。人のアドバイスを声として音として耳には入ってますが、心には全く響いてないという事です。そのアドバイスの内容がどんなに素晴らしい内容であっても聞いてる側が心を閉ざしてる以上は、そのアドバイスはアドバイスじゃないとの同じです
ではそういった人に対してコミュニケーションを取るにはどうすれば良いのでしょうか?
私の場合はこうしてます
その人の生き方や過去全てに肯定も否定もしません。一つの出来事としてサラリと聞き流します。別に無関心を装う訳でもなく「そういう人生もあるんだね」とうなずくだけです。そして私の話は特にせずに、もっとあなたのお話を聞かせて欲しいと言います。そして自分の事は聞かれた時に話します。しかも赤裸々に話します。言葉に裏もなく、全て思った事を正直に淡々と言います。
これだけです。そして急ぎもしませんし、淡々とその方と時間をかけて分かり合えば良いくらいにしか思いません。コンセプトは【こちら側に余裕があるか】です。余裕がある雰囲気を相手側に全面にぶつける。それがポイントです
後は、向こうが離れていけば追いませんし、向こうが近寄れば拒みません。この距離感が心を閉ざす人への接触方法としてベストだと私個人は思ってます
そもそも、ひと癖もふた癖もある相手です、機嫌を伺ったり相手を持ち上げたりしても無駄です。淡々とそして赤裸々に正直に、急がずに付き合うのが一番ベターな方法だと思ってます
そのうち、先方が私の存在に興味頂いたり、他と違うと思えば先方から近寄ってくるでしょう。その時も淡々と当たり前の顔で「待ってましたよ」という風に対応すれば良いのです。自分のテリトリーを侵害されることを心を閉鎖した人は極端に嫌いますし、人を常に警戒してますから、人の「出方」を常に警戒して見てます。だから淡々としてるのが一番良いのです
いずれにしても、相手も同じ人間です。色々と歪曲した心があるかもしれませんが、けして相手をバカにしたりせずに同じ人間として受けれる事です。そしてヘンに気をはることもなく、相手の存在価値や存在そのものを十分に認める事、そういう心持でいると、きっとその思いが目に見えないオーラとなって相手にも伝わると私は信じてます
これが私の、偏屈な人に対する対応の仕方です。もしそれで先方から意地悪を言われたり、または試されたり、色々な切り返しがあっても私は淡々とスタンスを変える気はありません。嫌われればそれまでですし、それも縁ですから仕方がありません。何かを恨む訳でもなければ、ただ単に残念に思うというだけです
所詮、人間は自分の感情に勝つか負けるの連続で生きてるだけですから、誰かを恨むとか事象の責任にするとか、そんな考えそのものが愚かであって、どんな時も、どんな境遇でも、常に問題は自分にあって、その揺さぶられる感情をどうコントロールして自分の人生に活かし上手に生きるか、それだけなのです
だからイライラしたりとか、自分の思い通りにならないとか、楽しくないとか、元気がないとか、全部は自分の感情に負けてるだけの話なのです。全部は自分の思い次第、考え次第、行動次第ですから、他に対しては淡々と平静に、そして笑顔と思いやりをもって対応をすること、それが一番です
恐らく、人のアドバイスが全て説教に聞こえる人はこういった記事そのものも嫌いだと思います。そう感じてるうちはずっとその人は次のステップにいけません。固く閉ざした心の門を開けてくれる仲間、友人、知人、出会えると良いですね。私は日頃の支援活動の中で、そういう役目も自分が果たせたら良いなと思って人と接してます
60を過ぎた人間ですが、まだまだ未熟者であると自分では思ってますので、どうか皆様の叱咤激励を頂きたいと思ってます。今後も支援活動を真剣に行いますので、応援のほど宜しくお願いします