少し前になりますが、着物着方教室の初級講座を修了し、修了記念パーティーに行って来ました♪

全10回のお教室、一度も休まず頑張りました(*^_^*)

その甲斐あって、なんとか一人で着られるようになりました(*^_^*)

余談ですが、その前日、東京へ舞台を観に行っていて一日駅から駅へと歩きまわりヘトヘトに…(都会の人は毎日歩いているのでしょうが)
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実は来週また行くのですが、その時着物を着ていくつもりでいたけど、この日の東京はあまりに暑くて、着物なんて絶対ムリ!!と、思いました(>_<)

さて、パーティーの話に戻ります。

初級、中級、上級とそれぞれのクラスの修了生が合同で修了式を行いました。

着付け用の着物は全て借りられるのでいつもは借り物で練習していました。

この日はみんな自前の着物です。

美味しいフレンチをいただいて、
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お食事をしながら着物コンテスト投票をしたり…

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おおいに盛り上がりました(*^_^*)


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たくさん歩いた翌日、きつい草履を履いてたせいか、翌日足首が腫れて、病院に行きました(>_<)
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向かって右端が私です。

ハタチ頃に買った小紋です。










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途中まで書いては保留、続きを書いてはまた保留で、かなり日にちが過ぎてしまいましたが



5月18日から2泊3日で北海道に行ってきました。


母の納骨です。


北海道で生まれ育ち、その後東京へ行って結婚し、名古屋へ来て、離婚し…

そのまま戸籍上は独身だったので、生まれ故郷のお墓に入ることになりました。


なぜ東京へ行ったのか、離婚して、再婚したとき入籍しなかったのか…


そんなことを色々と書いていたら、とても長くなってしまいそうだったのでやめました。



北海道では、雪が溶けるまでは納骨できず、どちらにしても地上で待つことになるため、昨年9月に亡くなってから8ヶ月、我が家の母の部屋で生きていた頃と変わらず待機していました。


最初、一人で行く予定だったのが、息子2号が学校を休んで行きたいと言い出し、

1号までもが浪人生で自由がきくからついて行くと言い出し、

3人で行くことになりました。


当初3泊で行く予定を、予算の都合で2泊にしました。


亡くなってから、お金がかかるようなことがある度に


どうせなら生きているときに、本人のために使ってあげたかった…


そんな気持ちになってしまうので、母のためといいながら結局自分たちが旅行をすることに使うことに罪悪感を感じてしまうのです。



往復飛行機と、ホテル2泊朝食付、レンタカー付、更に一人お土産買い物券2000円付きで、レンタカークラスを一つ上げてもトータルで8万円を切るという、格安パックツアーにしました。



ゴールデンウイーク後で、信じられないような破格値の時期で本当に助かりました。


千歳空港からレンタカーを借りて、札幌へ行って一泊。


まだ寒い札幌。

せっかくここまで来たのだからと、ライトダウンを羽織って、ホテルから地下鉄に乗りすすきのまで夜ご飯を食べに行きました。


昨日までは暖かかったのに急に寒くなってしまって…と地元の方から聞いて、

1号が「昨日まで暑かったのは、松岡修造が北海道にいたからだよ。本当だよ、これ」


最近よく聞く都市伝説(笑)


北海道ならではの、ちょっと贅沢な海鮮料理を食べてきました。

久しぶりに運転しない外食なので、私はビールを飲みました。


翌日、石狩の墓苑で従兄弟と合流し、

無事に、母は故郷に帰ることができました。

従兄弟と会うのは6年前の伯父の葬儀以来でした。

その時は、母も一緒で、持病のリウマチを除けば元気だったのに。



母はよく、

「昨日、お兄さんが夢に出てきてこう言うの。お前、何やってんだ、早くこっちに来いって。」

と言っていました。

我が家に馴染めないでいる頃でした。


小さめの骨壷に収まった母は、

父親と母親と、先に逝った大好きだった兄と並んで、

やっと皆から歓迎される場所に来て喜んでいるように見えました。


従兄弟が

「瑠美ちゃん(母の名前)、今頃親父とビール飲んでるわ。うまい~ってな(笑)」

と言ってくれました。


その後、皆でお昼を食べて、それぞれに帰路へ向かいました。


私たちは翌日旭山動物園だけは観光して帰る予定で宿を取っていたので、旭川に向かいました。


途中、「日本一長い直線道路」を通るつもりが、間違えて違う道を行ってしまったので、過ぎてしまってからその道路の終わりのポイントまで戻り、記念撮影だけしてきました(^◇^)


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しかしその直線はすこし下ってしまうので以外と遠くまでは見えず、登り気味の直線3キロとかの方がむしろ長い直線に見えました(笑)


二日目は大浴場のあるホテル、ルートインに泊まりました。

軽くお風呂で疲れを取ってから、母の妹にあたる叔母夫妻と従姉妹に、美味しい焼肉をご馳走になりました。


昔、私がまだ小学生の頃、親戚が遠くてお年玉も少なかろうと、わざわざ現金書留で私と姉にお年玉を送ってきてくれていた叔母です。


美しい叔母は、若い頃ミス桜に輝いたこともあります。


一人娘である従姉妹の悦ちゃんは私より3つお姉さん。


私の母と同じリウマチを患っています。

20代の頃から発病している彼女は何度も手術を受け、治らない病気であるにもかかわらず、不自由な体でも工夫をして車の運転もして頑張っています。


独身のころバスガイドをしていた彼女は、色白で華奢で綺麗で、なによりコロコロとよく笑う笑顔の素敵な人でした。


素敵な笑顔は健在でした(*^_^*)


今度は、一緒にお墓参りに行きましょうと約束をしてお別れしました。




3日目最終日、旭山動物園へ行ってきました。


思ったよりこじんまりした動物園でしたが、テレビで紹介されている通りの、見せ方にいろいろ工夫がされている動物園で、とても楽しかったです。


動物園につきものの臭いですが、想像と違って、ほとんど臭くなかったのにもちょっと感動でした(^∇^)♪


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その後千歳に向かいましたが、夜の便までまだ少し時間があったので支笏湖まで足を伸ばしました。


真ん前を走る車があまりに遅いので、タイミングを見て追い越しをしたら…


影からパトカーが!(^^;;


最後の最後に、十ン年ぶりに切符を切られてしまいました(T ^ T)


これもまた忘れられない思い出です(笑)


最後に、これは空港で食べた丼です。

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母の日

今年は贈る人がいなくなって初めての母の日。


写真の横に、いつもより多めのカーネーションを飾りました。


何をあげても、笑顔で「ありがとう」と喜んでくれた母…

生きている頃に、もっと感謝の気持ちを口に出して伝えればよかった。

昨年の、最後の母の日のプレゼントは帽子でした。

母は帽子がとてもよく似合う人で、外出時には必ずかぶっていましたが、最初は伸びてきた白髪を隠すためにかぶりはじめたのがきっかけだったように思います。

私の職場で販売されている帽子を、デザインに迷って結局2つ共買いました。

一つは少しゆるかったので、ぴったりの方をよくかぶっていました。



母の日の後、見つけた広告…
母が昔からずっとファンだった五木ひろしが、新曲キャンペーンのため5月16日午後2時から中部国際空港セントレアに訪れるというものです。

その日はちょうど午前が母の通院予定日で、私は仕事を休みにしていて一日空いていました!

これはすごいサプライズになるかも!

私は内緒で連れていこうと決めまひた。

母は持病が沢山あり、毎月病院に通っていました。

40年近い付き合いにあるリウマチが最も重病で、人工関節3箇所、足首固定術、

その後肺炎も引き起こし、とりあえず回復をしたけれど、少し鬱のようなアルツハイマーのような心配な症状が出て一人暮らしはもうムリとなって我が家にやってきた。

飲んでいたカルシウム剤が血液中にたまり意識障害を起こして即入院。

その時、腎臓も悪く2割程度しか機能していないことが判明し、他にCOPDという呼吸機能障害も少し前にわかったところでした。
長年リウマチの薬を飲む人に多く現れるという。

毎月の通院は、腎臓内科と膠原病内科と呼吸器科の3科をまわります。

呼吸器科でレントゲンに小さな影が見える…悪性かもしれないと言われて先月受けた検査がうまくできず、この日の診察で名大附属病院の検査紹介状をもらいました。

この日は、
今後どうなるのか…まだ先が見えない状態でした。

午前の診察で、すっかり疲れきった母に、
「いいとこに連れてってあげるからね」と、伊勢湾岸道を走りました。

空港まで1時間余り。

骨粗相症ですっかり縮んでしまった母からは車の外の景色が以前のようにはよく見えないようで、
「一体どこへ行くの?外が見えないわ」と呟いたつまらなさそうな横顔を覚えています。

空港についてから、その広告をせました。

今からここに、五木ひろし本物が来るからね!

母は、「えっ、そうなの?この前から水族館の話をしていたから、水族館へでも連れて行ってくれるのかなと思っていたけど…」
少し嬉しそうに見えました。

会場となるイベント広場に着くと、無料なので、もう随分まえから席を取っている人もいて、今からではもう後ろの方に立つしかなさそう。

そこへ、
「新曲キャンペーンにつき、アルバムを買った人には握手券を配ります」というアナウンスが流れた!

私は早速そのCDを購入して、その時間までの間に、まだだったお昼を食べに行きました。

母の好きなざるそば。
本格的しこしこと歯ごたえのよい10割そばでした(*^_^*)

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お腹も膨れたところで先ほどの場所に戻ると、ものすごい人だかりでした。

ほどなく本人が現れて、トーク&新曲「博多ア・ラ・モード」披露。

広場はすっかり女子に戻ったおばちゃまたちが心の中でキャーキャーと奇声をあげてものすごい熱気に満ちていました(笑)
少し熱っぽい母も、車椅子から一生懸命身を乗り出して五木ひろし本人を確認していました。

イベントの半分くらい過ぎたところで、よく見える場所にいた方が、変わってくれました。
「車椅子じゃ見えないでしょう?同じファンだから一目見たい気持ちわかるわ。私はまた御園座へ行くし、どうぞ変わって見て」と。

ファン同士の温かい友情!

昔からファンだったわりに消極的でコンサートや舞台も行ったことがなかった母。

もっと早くこうした場所に連れてきてあげれば良かったと思いました。

私自身、以前は誰かのファンとかそういうことがなかったのでこういう楽しみ方を知らなかったので、やってあげることができませんでした。

ここ何年か、たまたま自分が小栗旬くんのファンになり、舞台を観に行ったりファンの方と交流するようになったことで今回のチラシが目にとまったのです。

歌が終わり、いよいよ握手会!

握手券を片手に、警備員さんに従って一列に並びました。

長い行列です。

握手券は一枚でしたが、私は母の車椅子を押すために一緒に並びました。

自分の番が近づいてきて、「わぁ…もうすぐだね」と、わくわくする母。

「ずっと応援しています」
そんなようなことを小さな声で言ったと思います。

私は嬉しそうな母を見守って満足でしたが、私にもサッと手を出して握手してくれました。

大きくて柔らかい手でした。



その後、「よかったねぇ」と言いながら駐車場へ向かいました。

帰りの車で、買ったばかりのCDを流しながら帰路につきました。


帰ってからも、喜びがじわじわと湧きてきたらしく、自分の両手を眺めて「嬉しい…こんなことがあるなんて。ありがとうね」と、
子供のように喜んでいました。


今思えば、

お母さん、あんなに喜んでくれてありがとう。

お母さんの喜び顔を見て私は幸せでした。
病気で辛そうな姿ばかり見ていたけど、嬉しそうな顔も思い出に残してくれて、



ありがとう。

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