途中まで書いては保留、続きを書いてはまた保留で、かなり日にちが過ぎてしまいましたが
5月18日から2泊3日で北海道に行ってきました。
母の納骨です。
北海道で生まれ育ち、その後東京へ行って結婚し、名古屋へ来て、離婚し…
そのまま戸籍上は独身だったので、生まれ故郷のお墓に入ることになりました。
なぜ東京へ行ったのか、離婚して、再婚したとき入籍しなかったのか…
そんなことを色々と書いていたら、とても長くなってしまいそうだったのでやめました。
北海道では、雪が溶けるまでは納骨できず、どちらにしても地上で待つことになるため、昨年9月に亡くなってから8ヶ月、我が家の母の部屋で生きていた頃と変わらず待機していました。
最初、一人で行く予定だったのが、息子2号が学校を休んで行きたいと言い出し、
1号までもが浪人生で自由がきくからついて行くと言い出し、
3人で行くことになりました。
当初3泊で行く予定を、予算の都合で2泊にしました。
亡くなってから、お金がかかるようなことがある度に
どうせなら生きているときに、本人のために使ってあげたかった…
そんな気持ちになってしまうので、母のためといいながら結局自分たちが旅行をすることに使うことに罪悪感を感じてしまうのです。
往復飛行機と、ホテル2泊朝食付、レンタカー付、更に一人お土産買い物券2000円付きで、レンタカークラスを一つ上げてもトータルで8万円を切るという、格安パックツアーにしました。
ゴールデンウイーク後で、信じられないような破格値の時期で本当に助かりました。
千歳空港からレンタカーを借りて、札幌へ行って一泊。
まだ寒い札幌。
せっかくここまで来たのだからと、ライトダウンを羽織って、ホテルから地下鉄に乗りすすきのまで夜ご飯を食べに行きました。
昨日までは暖かかったのに急に寒くなってしまって…と地元の方から聞いて、
1号が「昨日まで暑かったのは、松岡修造が北海道にいたからだよ。本当だよ、これ」
最近よく聞く都市伝説(笑)
北海道ならではの、ちょっと贅沢な海鮮料理を食べてきました。
久しぶりに運転しない外食なので、私はビールを飲みました。
翌日、石狩の墓苑で従兄弟と合流し、
無事に、母は故郷に帰ることができました。
従兄弟と会うのは6年前の伯父の葬儀以来でした。
その時は、母も一緒で、持病のリウマチを除けば元気だったのに。
母はよく、
「昨日、お兄さんが夢に出てきてこう言うの。お前、何やってんだ、早くこっちに来いって。」
と言っていました。
我が家に馴染めないでいる頃でした。
小さめの骨壷に収まった母は、
父親と母親と、先に逝った大好きだった兄と並んで、
やっと皆から歓迎される場所に来て喜んでいるように見えました。
従兄弟が
「瑠美ちゃん(母の名前)、今頃親父とビール飲んでるわ。うまい~ってな(笑)」
と言ってくれました。
その後、皆でお昼を食べて、それぞれに帰路へ向かいました。
私たちは翌日旭山動物園だけは観光して帰る予定で宿を取っていたので、旭川に向かいました。
途中、「日本一長い直線道路」を通るつもりが、間違えて違う道を行ってしまったので、過ぎてしまってからその道路の終わりのポイントまで戻り、記念撮影だけしてきました(^◇^)
しかしその直線はすこし下ってしまうので以外と遠くまでは見えず、登り気味の直線3キロとかの方がむしろ長い直線に見えました(笑)
二日目は大浴場のあるホテル、ルートインに泊まりました。
軽くお風呂で疲れを取ってから、母の妹にあたる叔母夫妻と従姉妹に、美味しい焼肉をご馳走になりました。
昔、私がまだ小学生の頃、親戚が遠くてお年玉も少なかろうと、わざわざ現金書留で私と姉にお年玉を送ってきてくれていた叔母です。
美しい叔母は、若い頃ミス桜に輝いたこともあります。
一人娘である従姉妹の悦ちゃんは私より3つお姉さん。
私の母と同じリウマチを患っています。
20代の頃から発病している彼女は何度も手術を受け、治らない病気であるにもかかわらず、不自由な体でも工夫をして車の運転もして頑張っています。
独身のころバスガイドをしていた彼女は、色白で華奢で綺麗で、なによりコロコロとよく笑う笑顔の素敵な人でした。
素敵な笑顔は健在でした(*^_^*)
今度は、一緒にお墓参りに行きましょうと約束をしてお別れしました。
3日目最終日、旭山動物園へ行ってきました。
思ったよりこじんまりした動物園でしたが、テレビで紹介されている通りの、見せ方にいろいろ工夫がされている動物園で、とても楽しかったです。
動物園につきものの臭いですが、想像と違って、ほとんど臭くなかったのにもちょっと感動でした(^∇^)♪
その後千歳に向かいましたが、夜の便までまだ少し時間があったので支笏湖まで足を伸ばしました。
真ん前を走る車があまりに遅いので、タイミングを見て追い越しをしたら…
影からパトカーが!(^^;;
最後の最後に、十ン年ぶりに切符を切られてしまいました(T ^ T)
これもまた忘れられない思い出です(笑)
最後に、これは空港で食べた丼です。












