『GWは家で寛ぐのがいちばん・・』といいながら『折角連休なんだし・・』と重い腰をあげる・・。
ようやく“世に棲む日々”を完読したワタシは頭の整理を兼ねて“萩”へ足を運んだ。先日行った(4・6の日)は“バスツアー”で行くところが限られ自由がきかず、時計とにらめっこで城跡まわりをしただけだったので。
松陰神社も松下村塾もバスの窓からみただけ。
※・・とは申すものの過去に何度か行っています。ケンミンなら多分。
今度は自分の馬(車)で峠を越えてみた。
目的は“萩博物館”へ行くことと“城下町”を歩くこと。
このガソリンが高いときに・・車で・・。
※それでも今まで“萩博物館”と“城下町”は歩いてないのです。
タビにでると史跡や博物館などがある付近は“有料駐車場”が多いのに見当たらない。
『お金とらないんだ~』と妙に感心したりして・・。
これが“まちじゅう博物館”のよさかな・・と思いました。
萩博物館観覧料 大人:500円-
目的である“高杉晋作資料室”へ。
・・目的ってねぇ・・(笑)彼の直筆を見に来たんですっっ♪
やっぱり!そう!・:*:(≧▽≦):*:・
ワタシの想像していた通りの字を書くひとだった♪
詩人で三味線抱えて唄をつくるミュージシャンだったわけでしょ?
改めてホレ直しましたね![]()
ところで、あの“世に~”を読んでいちばん見る目がかわった“長州ファイブ”のひとり、伊藤博文。旧千円札でシブい顔していた“ジイさま”なんですけど・・。
彼もまた努力家で超エリートだったのだけど、あれだけの“天才”や“秀才”に囲まれていたわけですから・・かなり自分を嫌悪した思います。(比べたら小物になってしまうので)それでも後年、首相になったわけですからね・・。たいしたもんです。いきさつは知りませんけど・・。
あの時代のなかでつきあって楽しいひとは誰か?となると彼だな・・と思ったんですね。若かりし頃の写真をみるとまるでホストの兄ちゃん。
幕末のキャストたちの写真を見ると『西洋人には負けんよ』というような写り方をしているのに・・彼といえば髪型を整え写真を撮られることが嬉しかった♪というような姿で写っていて、それが可笑しくって仕方ありませんでした・・。すごくカワイイのです。(ж>▽<)y ☆
そんな彼だったから晋作にかわいがられたのでしょう。そんな写真が入り口に貼られていました。・・なぜでしょう?なんだかトキメきました・・。![]()
“歴史展示室”もまた素晴らしい!。
語ると止まらなくなりそうです。“世に~”を読めばわかるのですが更に“関が原”後の国替えの際にナゼ“萩の地”を選んだのか?ということや“ナイショの貿易”で貯めたお金がその後、どう生きてくるのかがよく分かります。
館内を楽しみきったところで“天才”と“秀才”の住んでいた家へ・・。
満員御礼。
訪問する人が絶えず写真を撮るのも順番待ち・・。
おまけに敷地が当時の半分しかないので狭くて庭も人でぎっしり・・。
※仕方なく写った方をブラシで消しました・・。
『西へ行く人をしたひて東へ行く 心の底そ神や知るらむ』
彼のペンネームである“東行”は尊敬する“西行”から付けたのだとか。
※西行を慕っている自分の思いは東へ向いている。そのこころは神さまだけが知っている・・。
“毛利家から頂いた家宝の灯篭”ってどれなんだろ?と探しましたが・・。
こちらは“文部省”が管理しているという・・看板がありました。
別格な計らい・・。
出石はいいところでしたね。
ところで2階の柱に落書きされていたという“巳●●●"という言葉が展示されていました。たった“漢字四文字”を既に忘れてしまいましたけど・・『死に物狂いで勉強することを誓います』という意味らしいです・・。いまだ死して至らず・・じゃなくてそんな文だったと思います。三国志の世界はわかりません・・。彼らは“明倫館”で20番に入らないと江戸遊学に行けませんでした・・。志の立て方が違います・・。(;^_^A
ちなみに晋作は主席だったそうです・・。
“夏みかん”なのになぜ?。
菊屋横丁
日本の道100選に選ばれています。
“周布さん家”や“久坂さん家”など時間があれば行ってみたかったところもたくさん・・。
まちじゅうが博物館ですので散歩が好き・・という方にはぴったりです。
今日も天気がよくて肌がじりじり焼けています。












